小澤大嗣
日本のプロレスラー (1996-)
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経歴
デビュー前
高校時代は器械体操部に所属[2]。大学時代はブレイクダンスと器械体操に打ち込んだ。
2018年5月に松江だんだんプロレスにてプロレスラーデビュー。同年の11月に大学卒業と同時に退団している[要出典][3]。
その後、新日本プロレスに練習生として1年間在籍したが、デビューには至らず退団。自身は当時を振り返り「突然クビになった」と話している[4]。
プロレスリング・ノア
「小澤大嗣」時代
2021年7月に24歳でプロレスリング・ノアに入門[2]。 1年2ヶ月の練習生時代を経て2022年9月15日の後楽園ホール大会の稲村愛輝戦で、本名「小澤大嗣」をリングネームとしてデビューする[5]。
2024年1月13日に海外遠征が決定。一連の壮行試合では清宮海斗、大岩陵平、ジェイク・リーと対戦したがいずれも敗れた[6]。
同月からの海外遠征では英国のプログレス・レスリングを中心に活動。同団体ではルーク・ジェイコブスやコナー・ミルズらと対戦している。ドイツやイタリアのインディ団体にも参戦しつつ、英国人レスラーのカーラ・ノワールの元でトレーニングを積んだ[7]。10月5日のそのノワールとのシングル戦を最後に、約8ヶ月間の海外遠征を終えて帰国した[8]。
10月14日の後楽園ホール大会から国内での活動を再開し、清宮海斗がリーダーを務めるユニットのオール・レベリオンに加入。しかし、19日に予定されていた帰国後の初戦前日に、練習中の左足の立方骨骨折が発表され、試合欠場を余儀なくされてしまう[9]。
欠場中の11月17日、愛知県体育館で行われた齋藤彰俊引退興行にて、マイクパフォーマンスを行う清宮を背後から松葉杖で殴打しヒールターン。 TEAM 2000 Xへ加入した[10]。
「OZAWA」時代
TEAM 2000 X加盟以降、小澤は"ずっと嫌いだった"という清宮と、彼の保持するGHCヘビー級王座を標的とする。12月1日には日本で初披露したリアル・レベルで清宮をKO。左足の負傷が"ちょうど治りそう"だという翌1月1日の日本武道館大会での王座戦の調印書にサインをさせる。また同日リングネームを小澤大嗣から「OZAWA」へと改称し、「The Real Rebel」の異名を名乗りだした[10][11][12]。
2025年元日の日本武道館大会のメインイベントでは清宮海斗とのGHCヘビー級王座戦が行われた。10月に予定されていた凱旋試合を骨折で欠場したOZAWAにとって、この試合が負傷明けの復帰戦、また国内では約1年ぶりの試合となった[8]。試合中には清宮らオール・レベリオンにブーイングが飛ぶ一方、セコンド介入などラフファイトをするOZAWAらに歓声が起こるという声援の逆転がみられた。この異様な空気の中でOZAWAは勝利し、GHCヘビー級王座を獲得[13]。デビューから2年4カ月での同王座の戴冠は、史上最短記録となった [14]。
王者となってからは2月11日の後楽園ホール大会でガレノを相手に初防衛[15]。
3月2日の横浜武道館大会で、GHCナショナル王者の征矢学とのランバージャック形式のダブル王座戦に勝利。史上初の2冠王者となったが、ナショナル王座を「2軍、3軍のベルト」と酷評し、試合直後に返上した[16][17]。
5月3日の両国国技館大会でKENTAを退けた後、5月18日の後楽園ホール大会で清宮との再戦にも勝利し5度目の防衛に成功した[18]。
7月5日の東京・新宿FACE大会にて試合後にYouTubeチャンネル設立を発表[19]。
7月19日の後楽園ホール大会、7度目の防衛戦にて拳王と対戦。掟破りの拳王スペシャルやP.F.Sを繰り出して追い詰めるも、Real Rebelを躱された後、旋風脚のカウンターでハイキックを貰いダウン。その後立ち上がるも拳王の新技超卍蹴りを決められてKO負けし、防衛に失敗[20]。
9月8日、後楽園ホールでのN-1 VICTORY開幕戦となる丸藤正道戦中、場外へのラ・ケブラーダの着地に失敗。左足を負傷し起き上がれないままリングアウト負けし、そのまま担架で退場[21]。「リスフラン靭帯損傷」の診断を受け、残り試合の不戦敗を余儀なくされた[22]。
15日の靭帯再建手術後、周囲に対し「改心」をアピール。10月11日の両国国技館大会で杉浦貴・シュン・スカイウォーカー組のセコンドに付いた際にもTEAM 2000Xやシュンに対しクリーンファイトを要求するなどヒールにあるまじき行動を見せた[23]。
11月21日の仙台サンプラザホール大会にてGHCヘビー級を防衛したYoshiki Inamuraに対し「怪我が2026年1月1日にちょうど治ることが決定いたしました」と同日の日本武道館大会での次期挑戦者に名乗りを上げた[24]。この時はInamuraに対しバックハグをするなどの行動を見せていたものの、12月2日に東京ドームシティで行われた公開記者会見にてInamuraを背後から松葉杖で襲撃、再びヒールとしての行動を始めるようになった[25]。
2026年1月1日の日本武道館大会のメインイベントで、GHCヘビー級王者 Yoshiki Inamuraに挑戦し、敗北した[26]。
得意技
フィニッシュ・ホールド
打撃技
投げ技
- サンダーファイヤー・パワーボム
- 肩の上あたりに担ぎ上げてから決めるパワーボム。ドクターボム式で繰り出すことも[33]。
- 不知火・改X[34]
- フランケンシュタイナー[33]
絞め技・関節技
- ネックロック[35]
飛び技
- ミサイルキック[32]
- その場飛び式シューティングスター・プレス[36]
- スワンダイブ式ムーンサルトプレス[37]
- フィニッシュとしても多用する。
特徴的なムーブ
タイトル歴
- GHCヘビー級王座:1回(46代:防衛6度)[27]
- GHCナショナル王座:1回(16代:防衛0、返上) [27]
- 2025年 年間最高試合賞(ベスト・バウト) - 1月1日 日本武道館大会/GHCヘビー級選手権試合/王者 清宮海斗 対 挑戦者 OZAWA
人物
- 趣味、特技はパチスロと競輪。[1]