小笠原安元
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生家は信濃源氏の有力な一門である小笠原氏の傍流で、代々三河国幡豆郡欠城に住んだ一族である。父は小笠原摂津守と称したが系譜は諸説あり、菩提寺である安泰寺の過去帳は父の長重が信濃国より幡豆郡に移ったとするが、『寛政重修諸家譜』には他に二説を載せる。則ち一説は小笠原氏祖長清の6代の孫の泰房が幡豆郡に移り、安元はその8代の孫に当たるとするもの。もう一説は遠江小笠原氏の初代に当たる小笠原長高の次男宗長が幡豆郡に移り、その子を安元とするものである[6][1]。なお幡豆郡には他に遠江小笠原氏と同じく信濃守護・小笠原貞朝の庶子から分かれて寺部城主となった家もあり、3代目の小笠原広重は安元の女婿となっている[7]。