林英夫

From Wikipedia, the free encyclopedia

死没 (2007-02-05) 2007年2月5日(86歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 立教大学文学部史学科
はやし ひでお
林 英夫
生誕 1920年12月10日
愛知県中島郡(現一宮市
死没 (2007-02-05) 2007年2月5日(86歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 立教大学文学部史学科
職業 教師歴史家
テンプレートを表示

林 英夫(はやし ひでお、1920年12月10日 - 2007年2月5日)は、日本歴史家(日本史)。立教大学名誉教授

織物業史・農村工業史を専門とし、マニュファクチュア論争に大きな影響を与える。『豊島区史』などの自治体史編纂にも従事した他、古文書解読字典の編纂など、近世古文書学にも通じる。

愛知県中島郡(現在の一宮市)生まれ。生家は美濃路起宿脇本陣[1]立教大学文学部史学科に進学し、当時講師として出講していた伊東多三郎の指導を受けて日本近世史を専攻するようになった[2]。起宿を取り上げた卒業論文の採点も伊東が行った[3]1943年卒業[4]

台湾から復員後、本郷高等学校に勤務[1]1951年開成高等学校に転じ、文部省検定の教科書を使わずに、手作りの「開成日本史」を活用した[1][5][6]1955年立教大学専任講師となり、助教授、教授。1965年「近世農村工業史の基礎過程 濃尾縞木綿織物史の研究」で、立教大学より文学博士学位を受く[7]1985年定年退職、名誉教授、東京家政大学文学部教授、日本福祉大学知多半島総合研究所客員教授などを務めた。

地方史研究協議会会長など、日本史学会の要職を経て、1975年から2006年まで朝日カルチャーセンターで講師を務めた[1]

2007年2月25日肺炎のため死去[1]。87歳没。

著書

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI