小笹椋
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全国高校駅伝には3年連続出場。全て3区を任され、3年時には区間6位の走りを見せた。都道府県対抗駅伝でも5区区間2位の好走を見せる。
東洋大学に進学後、同学年の山本修二と共に1年時から頭角を表す。第92回箱根駅伝では4区を担当するも区間6位に終わり、チームも総合2位。2年時の第48回全日本大学駅伝では4区区間9位と振るわず、第93回箱根駅伝では7区区間7位。3年時の第49回全日本大学駅伝では7区区間8位、第94回箱根駅伝では10区で区間賞を獲得する快走を見せるも、チームは総合2位に終わった[1]。
4年時には主将に就任し、副将の山本と共に王座奪還を目指した。第30回出雲駅伝では4区区間4位。第49回全日本大学駅伝では5区を務め区間3位のタイムで5人抜きの快走を見せたが、チームは3位に終わる。第95回箱根駅伝では7区に起用される。トップでタスキを受けると序盤は後続との差を広げるが、中盤以降は区間記録ペースで追い上げて来た東海大・阪口竜平に差を縮められる。最終的には区間3位の走りで4秒差で逃げ切ったものの、チームは8区で東海大に逆転を許し総合3位に終わった[2]。
小森コーポレーション入社3年目の第61回東日本実業団対抗駅伝で実業団駅伝初出場。しかし4区区間17位に終わり、チームも全日本実業団駅伝出場を逃した。