小豆畑眞也
日本の野球選手
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経歴
プロ入り前
岐阜県立長良高等学校在学中は甲子園と無縁で、卒業後に國學院大學へ進学。硬式野球部へ入部したが、環境に馴染めずに1年時に中退した[1][2][3]。
國學院大學からの退学後に、中部学院大学経営学部経営学科へ改めて入学。東海地区大学野球連盟に加盟する硬式野球部で2年時の春から正捕手の座をつかむと、秋季リーグでMVPを受賞した[4]。3年時の秋季リーグ終了時点で(國學院大學からの通算で)大学在籍4年目に達したため、中部学院大学の学籍を残したまま西濃運輸へ入社[1]。日本学生野球協会の規定で卒業までの1年間は「大学生兼会社員」という立場で社会人野球に携わっていた[注 1]が、入社1年目の2011年から正捕手に定着すると、同年の第82回都市対抗野球大会にも出場した。
2012年のNPBドラフト会議で、阪神タイガースから4巡目で指名[4][5][注 2]。契約金5000万円、年俸840万円(金額は推定)という条件で入団した[6]。背番号は52。
プロ入り後
2013年では、春季キャンプを一軍で迎えながら[7]、キャンプの終了後から二軍生活に終始した。レギュラーシーズンでは、ウエスタン・リーグ52試合に出場。チームの捕手では最も多い49試合でマスクをかぶったが、打率.154、打点1と打撃面で低迷した。
2014年には、梅野隆太郎や鶴岡一成の入団で捕手が増えたことに加えて、ウエスタン・リーグの公式戦でも小宮山慎二が捕手に起用される試合が増加。それでも、捕手としては小宮山に次ぐ34試合(代打起用を含めると36試合)に出場すると、打率.267を記録した。
2015年以降も一軍昇格や公式戦での本塁打がないまま、2018年10月30日に球団から戦力外通告を受けたことを機に現役を引退。
現役引退後
2019年以降も、阪神に球団職員として在籍。同年は、球団本部のチーム運営部で、ファームのサブマネジャーとブルペン捕手を兼務した[8]。小宮山が同年限りで現役を引退(ブルペン捕手へ転身)したことを背景に、2020年からファームのサブマネジャー職に専念。

(2019年5月25日、ナゴヤ球場にて)
選手としての特徴
人物
詳細情報
年度別打撃成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 52(2013年 - 2018年)
- 111 (2019年)