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梅野隆太郎

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-06-17) 1991年6月17日(34歳)
身長
体重
173 cm
79 kg
梅野 隆太郎
阪神タイガース #2
2014年5月18日 阪神甲子園球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県那珂川市
生年月日 (1991-06-17) 1991年6月17日(34歳)
身長
体重
173 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2013年 ドラフト4位
初出場 2014年3月28日
年俸 1億6000万円(2025年)[1]
※2022年から4年契約[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2021年
獲得メダル
日本の旗 日本
オリンピック
金2020野球

梅野 隆太郎(うめの りゅうたろう、1991年6月17日[3] - )は、福岡県那珂川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。

2018年シーズンから2020年シーズンまで阪神の第17代選手会長を務めた[4][5]。捕手のシーズン補殺日本記録保持者(123補殺、2019年)。また、紙飛行機の飛行距離日本記録保持者でもある[6]。

プロ入り前

福岡大学時代(2013年6月11日、明治神宮野球場)

小学校2年時に、父がコーチを務める少年野球チーム「片縄ビクトリー」に入団[7][8]。当初は外野手であったが、4年生から捕手に転向した。

2001年、小学4年生の時、母が卵巣ガンのため34歳で死去[9]。父は、母が余命2か月の宣告を受けた後に残した「隆太郎をプロ野球選手にして下さい」という遺言通りに[7][8]、内装業を営みながら男手一つで梅野と弟を育て上げた[8]。

中学生時代は「那珂川シャークス」に所属[10]。2005年・2006年に春季ジャパンリーグで2年連続優勝を果たすなど、「4番・捕手」としてチームを数々の大会で優勝に導いた[11]。

福岡工大城東高校へ特待生待遇で入学[8]、1年夏からベンチ入りし、2年夏まで外野手としてプレー。新チームとなった2年秋からは捕手に復帰するとともに主将を務めた。在校中には通算24本塁打を記録した[12]。2学年上に安部友裕、1学年上に笠原将生、1学年下に中谷将大がおり、中谷とはのちにプロでもチームメイトとなった[13][14]。高校3年秋の2009年NPBドラフト会議で指名される可能性もあったが、「下位指名でプロ野球に入れたとしても、身体もできていないし勝負できない」という理由で、地元の福岡大学への進学を決めた[7]。

福岡大学スポーツ科学部[7]に進学後は、1年春から指名打者としてリーグ戦に出場[15][16]。同年秋から捕手として出場機会を得る[16]と、3年春からは主将としてチームを4季連続の全国大会出場へ導いた[7]。リーグ戦通算7本塁打、打率.338[17]。4年夏には第39回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出され、ここでも主将を務めた[18][19]。大学では同学年に信楽晃史がいた[20]。

2013年のNPBドラフト会議にて阪神から4巡目指名を受け、契約金4000万円、年俸850万円(金額は推定)で入団。背番号は44[21]。担当スカウトは田中秀太[22]。

ドラフト指名後に出場した明治神宮大会[23]では、八戸学院大学との1回戦に「4番・捕手」として出場し[24]、ソロ本塁打を含む3安打を打ったものの、チームは敗退した[24][25]。

阪神時代

2014年、新人からは山本翔也と共に沖縄・宜野座での一軍春季キャンプに参加[26]。その中でただ1人公式戦の開幕を一軍で迎えた[27]。開幕戦であった3月28日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)で、7回表に代打でプロ初出場。その裏の守備から試合終了までマスクをかぶる[28]と、3月30日の同カードで代打でプロ初安打を記録[29]。この際の記念球は亡母の墓前に供えられた[29]。4月27日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)では代打でプロ初本塁打を打った[30]。6月7日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)では、同期入団で同学年の岩崎優とバッテリーを組んで先発。阪神では2002年の安藤優也 - 浅井良以来12年ぶりとなる新人同士のバッテリーでの一軍公式戦出場を果たした[31]。再び岩崎とのバッテリーで臨んだ7月5日の対DeNA戦(横浜)[32]では、阪神の一軍公式戦では1983年の御子柴進 - 木戸克彦以来31年ぶりの新人バッテリーによる勝利を達成[33]。シーズン終盤は鶴岡一成・藤井彰人らベテラン捕手の起用を優先したチーム事情から出場機会が減少した[34]ものの、シーズンを通じて一軍に帯同。最終的に、チーム捕手最多の92試合の出場で、打率.197、7本塁打、捕逸0という記録を残した。チームがシーズン2位で迎えたポストシーズンでは、日本シリーズの第2戦(10月26日・阪神甲子園球場)に、阪神の新人捕手としては1985年の嶋田宗彦以来のシリーズ出場を果たした[35]。さらに、シリーズ終了後の11月11日に甲子園球場で開催された「日本プロ野球80周年記念試合」では、阪神・巨人連合チームの捕手として先発出場[36]。同月21日には、960万円増の推定年俸1800万円で契約を更改した[37]。

この年は、前述した新人記録に加えて、本塁打に関する阪神の新人記録を次々と達成した。7月1日の対東京ヤクルトスワローズ戦(倉敷マスカットスタジアム)では、プロ入り後初の2打席連続本塁打を記録。阪神の新人選手による1試合2本塁打は1980年の岡田彰布以来、2打席連続本塁打は田淵幸一以来の記録[38]。同月8日の対広島東洋カープ戦(甲子園)では、2004年の鳥谷敬以来10年ぶりに、阪神の新人選手として同球場での一軍公式戦で本塁打を記録[39]。同月11日の対巨人戦(東京ドーム)では、2001年の沖原佳典以来13年ぶりに、阪神の新人選手として同カードで本塁打を打った[40]。阪神球団は6月20日から、下位指名の新人選手では異例のプロジェクトとして、梅野自身のプロデュースによる公式グッズを発売した[41]。梅野と同様に、かつて大卒捕手として新人時代から活躍した田淵からは、「(田淵の現役時代の背番号である)22番を付けられるように頑張れ」というエールを送られた[42]。

2015年、3月27日の対中日戦(京セラドーム大阪)でプロ入り後初の開幕マスクをかぶる[43]と、13試合続けてスタメンマスクを任された。しかし、その間にチームが6連敗を喫した[44]ことや、配球面での課題が露呈したことから、4月中旬以降は出場機会が減少。打撃面でも打率.239、2本塁打と低迷したため、5月24日に入団後初めて出場選手登録を抹消された[45]。その後も、2度にわたって一軍と二軍を往復。二軍調整中の5月31日、中日とのウエスタン・リーグ公式戦で5番打者を任されると、3番・北條史也、4番・江越大賀とのクリーンアップによってチーム35年ぶりの同リーグ公式戦3者連続本塁打を達成した[46]。8月中旬から再び一軍に定着したが、鶴岡・藤井との併用から脱し切れないままシーズンを終えた。チームがシーズン3位で進出したクライマックスシリーズでは、巨人とのファーストステージ(東京ドーム)の第1戦(10月10日)と第3戦(12日)に捕手として出場。スタメンに起用された第1戦では、適時打を含む3安打1打点を記録した[47]が、チームは同ステージ1勝2敗で敗退した。レギュラーシーズンの一軍公式戦では56試合出場、打率.239、4本塁打という成績にとどまり、11月20日に300万円減の推定年俸1500万円で契約を更改した[48]。

2016年、オープン戦でチーム唯一の本塁打を打った[49]。レギュラーシーズンでは、新任の一軍首脳陣が「捕手2人制」を採用したため、開幕から岡﨑太一と交互にスタメンマスクに起用されたが、起用試合で攻守に精彩を欠き、一時期育成選手であった捕手の原口文仁が4月27日に支配下復帰・一軍昇格[50]して以降、梅野は一軍と二軍を何度も往復することとなった。加えて、後半戦から新人捕手の坂本誠志郎の台頭もあり、最終的に自己最少37試合の出場で、打率.135、長打0本に留まった。オフに、150万円減となる推定年俸1350万円で契約を更改した[51]。

2017年、シーズン開始直前の時期に結婚を公表し、亡母の誕生日である3月21日に婚姻届を提出した[9]。シーズンでは坂本・原口らとの正捕手争いが予想された中、打力を買われた原口が春季キャンプ終了後から一塁手中心の起用へ移行した上、坂本の故障離脱もあって、梅野がオープン戦から事実上の正捕手として起用された[9]。「8番・捕手」としてスタメンに起用された5月6日の対広島戦(甲子園)では、一時は最大9点ものリードを許す中で逆転打となる走者一掃の適時三塁打を打ち、球団史上初となる9点差からの逆転勝利に貢献した[52]。オールスターゲームでは、セ・リーグ捕手部門のファン投票得票数1位で初選出され[53]、7月14日の第1戦(ナゴヤドーム)で初出場ながらスタメンマスクをかぶると、途中から出場した翌7月15日の第2戦(ZOZOマリンスタジアム)で初安打を記録した。7月上旬以降は一軍昇格した坂本と併用され、打撃が好調だった坂本が正捕手格に定着した8月下旬以降は出場機会が減少した。最終打率は.206と伸び悩んだ一方で、自己最多の試合出場を果たし、リーグ2位の盗塁阻止率.379を記録した[54]。シーズン終了後の11月29日付で、阪神選手会の副会長から第17代会長に昇格した[4][55]。オフに、1250万円増となる推定年俸2600万円で契約を更改した[56][57]。

2018年は、シーズンを通じて正捕手に定着。6月終了時点では打率.217と低迷していたものの、夏場から調子を上げ[58]、特に8月は23試合に出場して打率.338、4本塁打、10打点という好成績を残し、月間MVPの候補にも挙げられた。シーズン終盤には5番や6番を任されることもあり[59][60]、最終的には自己最多の132試合に出場。打率.259、100安打、8本塁打、47打点、OPS.724など、ほとんどの打撃部門において自己最高の成績を残した。また、阪神の生え抜き捕手としては1995年の関川浩一以来23年ぶりにセ・リーグの最終規定打席に到達した。守備面では、リーグ2位の盗塁阻止率.320を記録し、セ・リーグ捕手部門のゴールデングラブ賞に選ばれた。阪神の捕手では2010年の城島健司以来、生え抜きの捕手では1985年の木戸以来3人目の受賞で[61]、最下位チームからの選出はリーグ史上初であった[62]。シーズン終了後、2400万円増となる推定年俸5000万円で契約を更改した[63]。

2019年、正捕手として3年連続の開幕マスクを任された。4月2日の対巨人戦(東京ドーム)2回表に内野安打を打った際、巨人の一塁手・岡本和真と交錯して転倒し、左足の薬指を骨折[64]。一時は登録抹消も検討されたものの、4月5日の対広島戦(マツダスタジアム)でスタメンに復帰[65]すると、4月9日の対DeNA戦(甲子園)ではシーズン1号本塁打を含むサイクル安打を達成した[66][67]。NPB史上69人目、捕手での出場選手では1950年の門前真佐人、1989年の田村藤夫、2004年の細川亨に続く4人目、阪神の選手では6人目の達成であった[68]。また、これは平成で最後のサイクル安打となった[69]。最終打席では、二塁打が出ればサイクル安打という局面にもかかわらず、右中間に大飛球を打った勢いで二塁を回ったが、三塁へ到達する寸前に一塁走者のエフレン・ナバーロが本塁で憤死したため、公式記録では梅野の当たりが二塁打として扱われたことからサイクル安打達成となったものである。梅野自身はその直後に表彰されるまでサイクル安打達成に気づかず、試合後に受けたヒーローインタビューでは「ナバーロのおかげかな」というコメントで場内を沸かせた[70]。その後の試合でも、一時リーグトップの打率を残すほど打撃好調で[71][72]、オールスターゲームではファン投票・選手間投票の両方でセ・リーグ捕手部門に選出された[73][74]。選手間投票で阪神の捕手が選出されるのは史上初であった[74]。甲子園での第2戦(7月13日)に「7番・捕手」として先発出場すると、「6番・指名打者」で同じく先発出場していた原口との二者連続本塁打を記録した[75]。後半戦は打撃がやや低調となり[76]、加えて前半戦からの疲労蓄積を考慮されたことから坂本や原口にスタメンマスクを譲る機会が微増した[77][78][79][80]ものの、シーズンを通して正捕手の立場は譲らなかった。8月17日の対巨人戦(東京ドーム)でシーズン10個目の盗塁を決め、阪神の捕手では2009年の狩野恵輔以来となるシーズン2桁盗塁を記録[81]すると、9月24日の対巨人戦(甲子園)でシーズン120補殺を達成して捕手のシーズン補殺の日本記録を樹立した[82]。また、同日には自己最多を更新する9号本塁打を打った[82]。最終的には、129試合に出場し打率.266、115安打、9本塁打、59打点、14盗塁、123補殺という成績を残しチームの2年ぶりクライマックスシリーズ進出に貢献したほか、2年連続2度目のゴールデングラブ賞を受賞した。阪神の捕手の連続受賞は1973年・1974年の田淵以来45年ぶり2人目[83]、また阪神の捕手で2年連続の規定打席到達は2005年・2006年の矢野燿大以来13年ぶりであった[84]。CSでも全7試合に先発出場し、特に1位・巨人とのファイナルステージではチームトップの打率.364を記録した[85]ほか、10月11日の第3戦(東京ドーム)で先制本塁打を打った[86]。シーズンオフには、前年から5000万円増となる推定年俸1億円で契約を更改。阪神の捕手が年俸1億円に到達するのは矢野・城島に次いで3人目、生え抜きでは球団史上初となった[87][88]。

2020年、4年連続となる開幕マスクを任された[89]ものの、同カードの2戦目は原口、3戦目には坂本がそれぞれスタメンに起用された[90]。9月11日には自身初、阪神では2002年6月28日の矢野以来18年ぶりの「2番・捕手」として先発出場した[91][92]。9月18日には右脇腹痛のため登録を抹消された[93]が、同30日に一軍復帰を果たす[94]と、翌日の10月1日にはスタメンに復帰した[95]。復帰後も原口・坂本らとの併用起用が続いた[96]ものの、チームの捕手では最多の98試合(捕手としては97試合)[97]に出場し[98]、打率.262、7本塁打、29打点、5盗塁の成績を残した[99]。また、守備率.996、捕逸1という守備成績も残し、セ・リーグでは1999年 - 2001年の古田敦也以来19年ぶりとなる3年連続3度目のゴールデングラブ賞を受賞した[97]。12月1日、翌シーズンより背番号が2に変更となることが発表された[98]。12月22日、1000万円増となる推定年俸1億1000万円で契約を更改した[100]。

2021年、チームは開幕から好調で、夏場までリーグ首位を走り、梅野自身も東京オリンピックの日本代表に選出され金メダルを獲得するなど、シーズン前半は順調だった。しかしシーズン後半は攻守ともに精彩を欠くようになり、監督の矢野燿大は、第2捕手の坂本を積極的に起用し、梅野はベンチスタートとなる試合が増加した。結局、チームは後半戦で猛追したヤクルトに追い抜かれてレギュラーシーズンを2位で終え、クライマックスシリーズでもファーストステージで巨人に屈した。このシーズンで国内FA権を取得したため、シーズン終了後には移籍の噂が絶えなかった[101]が、結局国内FA権を行使せずに3年契約を結んで残留することを表明[102]。年俸は5000万円増となる推定1億6000万円となった。同年オフの12月19日、東京オリンピックで金メダルを獲得した日本選手の栄誉を称えるゴールドポストプロジェクト[103]の第35号として、出身地である福岡県那珂川市の那珂川片縄郵便局前に梅野の記念ゴールドポストが設置された。

2022年、6年連続で開幕マスクを任されたが、首脳陣の考えにより、シーズン前半から中盤にかけて梅野と坂本、長坂拳弥の3捕手が日替わりで併用されたため、梅野の先発出場数は80試合に減少。先発投手が伊藤将司と才木浩人の際は全試合でマスクをかぶった。

2023年、前年オフの秋季キャンプにて、この年より監督に復帰した岡田彰布が梅野を正捕手として起用する方針を明言していた[104]中で、7年連続の開幕マスクを任された。開幕戦となった対DeNA戦(京セラ)ではシーズン初打席で先制適時打を放ちチームの開幕白星に貢献した[105]が、以降は一時打率が1割台を切ったり、開幕戦以来の適時打が92打席ぶりとなるまで出なかったりする[106]などの不振が続き、坂本にスタメンマスクを譲る試合も見られるようになった。その後は夏に差しかかるにつれて復調気配を見せた[107]が、8月13日の対ヤクルト戦(京セラ)で今野龍太から死球を受け左尺骨を折る怪我を負い[108][109]、戦線を離脱した。以降はリハビリに取り組み、9月中にギプスを外し装具に切り替えた状態でショートスローを再開できるまでに回復[110]。チームが18年ぶりのリーグ優勝を決めた9月14日の対巨人戦(甲子園)では、同期入団かつ自身と同じ九州地方の出身であり、この年の7月18日に死去した横田慎太郎のユニフォームを手にベンチ内に姿を見せ、胴上げに参加した[111]が、実戦復帰には至らないままレギュラーシーズンを終えた。以降は日本シリーズでの復帰を見据えてリハビリを続けた[112]が、手首の可動域の回復が思わしくなく、チームがクライマックスシリーズ突破を決めた翌日に同年中の復帰を断念[113]。実際にはシリーズ出場選手登録の40人枠に登録され[114]、第6戦および第7戦ではベンチ入りを果たしたものの、いずれの試合においても出場機会はなかった[115]。

2024年6月18日、代打などを含めた一軍公式戦通算試合数が生え抜き捕手としては田淵以来2人目となる1,000試合に到達した[116]。7月20日には捕手で出場した通算試合数1,000試合を達成し、球団としては矢野以来2人目、生え抜き捕手では球団史上初となった[117][118]。シーズンオフの12月16日にノエビアスタジアム神戸で行われた紙飛行機の飛距離世界記録を狙うイベントに参加し、3投目で64.652 mを記録、世界記録には及ばなかったが日本記録を4 m近く更新した[6]。

選手としての特徴

守備

2018年から2020年にかけて3年連続ゴールデングラブ賞を受賞しており守備面の評価が高い[119]。DELTA社のセイバーメトリクスの専門家による評価においてもレギュラーに定着した2018年から2021年まで4年連続で得票数12球団3位以内に入っている[120]。

「梅ちゃんバズーカ」と称される強肩と正確な送球を持ち味とする[121][122][123]。

また、捕球技術への評価が高く[124][125][126]、投球を後ろに逸らさない「ブロッキング」について投手陣からの信頼も厚い[17][127][128][129][130][131][132]。報道陣からは「梅ちゃんウォール」と称されている[133]。ルーキーイヤーの2014年は捕逸0で[134][135]、セ・リーグにおける規定試合数を満たした捕手の捕逸0は、1979年の水沼四郎以来35年ぶりであった[135]。

加えて、高いフレーミング技術も備え[136]、特に左右のコースにおけるCSAA(Called Strikes Above Average, 平均的な捕手に比してフレーミングで増やしたストライク数)が高い[137]。

一方で、ノーボール2ストライクから外の大ボールを要求する癖があり、真中満から「2ストライク1ボールにしておけば、次に打たれてもしょうがない。ベンチと勝負しているような配球」と苦言を呈されている[138]。

打撃・走塁

スイングスピードが速く、逆方向への打球が伸びるのが特徴[15]。アマチュア時代はキャリアを通じてチームの主軸を務めた強打者であった一方で、プロ入り後は打率が2割前後を推移するに留まるなど確実性を課題としていたが、規定打席に到達した2018年からは3年連続で2割後半の打率を残している。そのほか、バントの技術に定評があり[139]、正捕手に定着した2017年からは続けてリーグ上位の犠打数を記録している[140][141][142]。

2018年シーズン前半は打撃が不安定であったが、セ・パ交流戦の対埼玉西武ライオンズ戦で、大学時代から親交がある山川穂高から「こぢんまりして怖さがなくなっている」と指摘され、当時一軍打撃コーチだった平野恵一からも「ノリさん(中村紀洋)みたいになってほしい」と言われたのをきっかけに中村のYouTubeチャンネルを見て研究し、打撃成績が向上した[143][144]。

捕手ながら走塁への関心が高く、2019年には阪神の捕手最多盗塁記録となるシーズン14盗塁を記録した[145][146]。捕手のNPB最多盗塁記録は荒川昇治の32盗塁で、近年[いつ?]の捕手(出場試合の半数を捕手として出場した選手)の2桁盗塁は2009年の狩野恵輔しかおらず、珍しい記録となっている。梅野本人は盗塁について2019年シーズンより興味を持ち始めたと述べており[147]、また、同年8月23日の対ヤクルト戦(明治神宮野球場)において出塁した後立て続けに二盗、三盗を成功させる[145]など三盗への意識も高く、同年はリーグ2位タイの4三盗を記録した[148]。

人物

愛称は「梅ちゃん」[149]、「リュウ」[150]。

高校・大学・大学日本代表で主将を務めるなどキャプテンシーを高く評価されており[7]、阪神でも入団5年目で選手会長に就任した[4]。5年目での就任はチームの選手会史上最速で、捕手としては山田勝彦に続いて歴代2人目。27歳での就任は、第3代会長の掛布雅之と並んで歴代最年少であった[55]。

シンガーソングライターのBigfumiとは大学時代の先輩後輩(梅野が1学年上)という間柄で、在学中から親交があることから、2017年シーズンよりBigfumiの楽曲「Life」を登場曲に使用している[151]。また、同曲が収録されたBigfumiのインディーズデビューシングル「Trust/Life」(2018年)では、同じくBigfumiの楽曲を使用していた中谷将大とともに球団史上初めて撮り下ろし写真がCDのジャケット写真に使用された[152]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2014 阪神 9226524923491327872101221002787.197.232.349.581
2015 56149138163391456180240601332.239.276.406.682
2016 3798893120001241030610224.135.189.135.324
2017 11234028222589227733102732424633.206.275.273.548
2018 13245538645100271815347512813931676.259.328.396.724
2019 1294924334911522391705914316334468316.266.326.393.718
2020 98342298367817071162951923310779.262.333.389.723
2021 13045840433911533121338462413510714.225.303.300.603
2022 10033129426672148325216130507716.228.298.282.581
2023 722512171742401491931132802566.194.288.226.514
2024 9531826818569006515011723031846.209.289.243.532
2025 521321187264003022360741292.220.270.254.524
通算:12年 11053631317629572713113451019305411812519288262377691.229.296.321.617
  • 2025年度シーズン終了時

オリンピックでの打撃成績

年

度
代

表
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2021 日本 1320000000001000020.000.000.000.000

年度別守備成績

年
度
球
団
捕手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
捕

逸
守
備
率
企
図
数
許
盗
塁
盗
塁
刺
阻
止
率
2014 阪神 8655049340.995574215.263
2015 5526324453.98624186.250
2016 3523117311.98830237.233
2017 11277979574.994664125.379
2018 132986104485.996755124.320
2019 1299481235226.995734627.370
2020 9762768341.996453015.333
2021 130818696123.993594217.288
2022 9864165131.999312110.323
2023 7144524211.99638326.158
2024 9257645240.997514011.216
2025 46220220101.00019145.263
通算 10837084689387225.995568400168.296
  • 2025年度シーズン終了時。2021年以降の企図数・許盗塁・盗塁刺・阻止率については参考文献参照。
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はNPBの捕手における歴代最高
  • 太字年はゴールデングラブ賞受賞年

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

代表歴

関連情報

出演

CM
  • 上新電機(2016年2月 - 2017年1月、2020年2月 - 2021年2月)
    • チームメイトの藤浪晋太郎・上本博紀(2016年2月 - 2017年1月)・糸原健斗(2020年2月 - 2021年2月)と共演。広告などのイメージキャラクターも務めた。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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