小野尊光
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出雲国神門郡日御碕(現島根県出雲市大社町日御碕)で日御碕神社神職、94代天葺根命・小野尊安の長男として生まれる[1][3][4]。明治5年3月12日(1872年4月19日)父の隠居に伴い家督を継承し尊光と改名[1][5]。1873年(明治6年)10月、華族に列し、1884年(明治17年)7月8日に男爵を叙爵した[1][6][7]。
家督継承後、日御碕神社権宮司に任じられ、以後、同社権中講義、同宮司・権大講義、兼権少教正を歴任[3][5][6]。この間、遷宮を行った[8]。
1901年(明治34年)4月27日、日御碕神社宮司を辞任[9]。同年6月6日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[10][11]、1911年(明治44年)7月9日まで2期在任した[2]。この間、山陰本線の建設、日御碕灯台の設置、沿岸道路の整備などに尽力した[8]。