小野英昭
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エピソード
高校時代に手塚プロでアシスタントのアルバイトをしていた関係で、坂口尚と親交があった。その坂口の紹介で宮崎駿と出会う。その当時劇団の旗揚げを目指していて、宮崎に何かいい劇団名はないかと聞いたところ「スタジオジブリ」をやると言われたというエピソードがある。宮崎は『風の谷のナウシカ』で映画製作に嫌気がさしていて、スタジオジブリを解散するつもりだったが、資金回収のために『天空の城ラピュタ』を製作せざるをえなくなり、ジブリは継続することになった。「スタジオジブリ」の名で劇団を旗揚げしたものの、宮崎の「ジブリ」とかぶることになり大変困ったと語っている。
『ザ・ロック』でゲイの美容師の吹替を担当した際、吹替をする俳優の演技を汲まずに過剰なオカマ演技でアフレコ、小野の演技を見た共演者の若山弦蔵から「いかにも「あたしはオカマよ」みたいにやる必要はない」と指導された[3]。