小長谷有紀
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1957年、大阪府豊中市生まれ[4][5]。大阪教育大学附属池田中学校、東京学芸大学附属竹早中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、京都大学文学部史学科で学び、1979年(9月より1年間)、当時はまだ社会主義体制下であったモンゴルに日本人女性として初めて留学[6]、モンゴル国立大学で学んだ。1981年に京都大学卒業、同大学大学院へ進んだ。1986年、大学院文学研究科(地理学専攻)博士課程を満期退学。1987年5月より国立民族学博物館の助手に着任、同年12月より10か月間、中国内蒙古社会科学院へ留学[7][8]。
国立民族学博物館助手をへて、1993年に助教授、2003年より同館民族社会研究部教授、2004年より同館研究戦略センター教授(2007年にはセンター長をつとめる)、2005年総合研究大学院大学地域文化学専攻長を併任、2009年からは同館民族研究社会研究部部長をつとめた。2014年に人間文化研究機構 理事、2018年9月より独立行政法人日本学術振興会監事(2023年8月末まで)[9][10]。
2019年3月に国立民族学博物館を退職、4月より同館人類文明誌研究部客員教員をつとめ、その後名誉教授[3][9]。生き物文化誌学会 理事[11]。NPO法人モンゴルパートナーシップ研究所 理事[12]。2020年より日本モンゴル学会会長[13]。2023年8月より国際モンゴル学会 会長[10][13]。
受賞・栄典
研究内容・業績
- 専門は牧畜文化論で、モンゴル、中央・北アジア地域をフィールドとして遊牧文化の人類学的研究を行っている。
- 研究テーマであるモンゴルや草原から環境問題[21]、社会主義体制下のモンゴルへ留学したことから「20世紀とは何だったのか?」という同時代史としての視点からの考察などがある[22]。
- かつて国立民族学博物館に在籍していた梅棹忠夫に関しては、様々な企画で研究者として接した側面を語っている。2011年3月から6月まで国立民族学博物館で開催した特別展「ウメサオタダオ展」の実行委員長、2011年12月から2012年2月まで日本科学未来館にて企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具」[23] 実行委員長を務めた[24]。