小関周一 From Wikipedia, the free encyclopedia 小関 周一(おぜき しゅういち、1911年4月21日 - 1995年10月31日)は、日本の経営者。三菱製紙社長を務めた。和歌山県出身[1]。 1932年に横浜高等商業学校を卒業し、同年に三菱製紙に入社[1]。 1960年11月に取締役に就任し、1962年11月に常務、1968年12月に専務を経て、1970年5月に社長を就任[1]。1978年6月に取締相談役に就任し、1981年6月から相談役を務めた[1]。 1977年10月に藍綬褒章を受章し、1983年4月に勲三等旭日中綬章を受章[1]。 1995年10月31日心不全のために死去[2]。84歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 人事興信所 1991, お41頁. ↑ 1995年 10月31日 日本経済新聞 夕刊 p15 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第36版 上』人事興信所、1991年。 先代白石稔 三菱製紙社長1970年 - 1978年 次代渡辺直治郎 Related Articles