三菱製紙
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| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
| 市場情報 |
大証1部(廃止) 3864 1949年5月14日 - 2013年7月12日 |
| 略称 | 三菱紙 |
| 本社所在地 |
〒130-0026 東京都墨田区両国2丁目10番14号 |
| 設立 |
1898年(明治31年)4月1日 (合資会社神戸製作所) |
| 業種 | パルプ・紙 |
| 法人番号 | 8010001008769 |
| 事業内容 | 紙・パルプ・写真・フィルター・感光剤などの製造、販売 |
| 代表者 | (2026年4月1日現在)[2] |
| 資本金 |
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| 発行済株式総数 |
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| 売上高 |
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| 経常利益 |
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| 純利益 |
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| 純資産 |
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| 総資産 |
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| 従業員数 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 |
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| 関係する人物 |
岩崎久彌(創業者、三菱財閥3代目総帥) 岩崎隆彌(元会長、久彌の次男) |
| 外部リンク |
www |
三菱製紙株式会社(みつびしせいし)は、三菱グループと王子グループの製紙会社。日本の製紙業界では6位。塗工紙(高級光沢紙)などの印刷用紙を中心に、情報用紙、ティッシュペーパー、製紙用パルプ、写真、フィルター、感光剤などを製造し、近年は、不織布・ガラス繊維ペーパー、リチウムイオン電池セパレーターなどに注力している。三菱金曜会[3]及び三菱広報委員会[4]の会員企業である[5][6]。
2005年(平成17年)1月31日、中越パルプ工業との合併を発表したが、同年5月16日に白紙撤回された。
2018年2月6日、王子ホールディングスとの資本業務提携を発表。翌2019年3月29日、王子HDに対する第三者割当増資による新株式の発行等を行い、同社の持分法適用会社となる。
沿革
- 1898年(明治31年)4月1日 - 神戸市三宮においてウォルシュ兄弟が経営していた製紙会社・神戸製紙所を岩崎久彌が同年3月に買収し、合資会社神戸製紙所として設立[7]。
- 1901年(明治34年)
- 1904年(明治37年)6月1日 - 合資会社三菱製紙所に改称[10]。
- 1917年(大正6年)
- 1925年(大正14年)12月9日 - 本社を兵庫県高砂市から東京都千代田区丸の内(東京出張所)に移転[13]。
- 1928年(昭和3年)4月30日 - 本社を東京市麴町区八重洲町1丁目1番地(八重洲ビル)に移転[14]。
- 1938年(昭和13年)6月 - 京都写真工業株式会社設立[15]。
- 1944年(昭和19年)
- 1945年(昭和20年)1月1日 - 京都試製工場を京都工場に改称[17]。
- 1948年(昭和23年)12月27日 - 資本金を5,000万円に増資[18]。
- 1949年(昭和24年)
- 1966年(昭和41年)
- 1968年(昭和43年)3月31日 - 浪速工場(大阪市福島区)を閉鎖[20]。
- 1981年(昭和56年)7月18日 - 本社を東京都千代田区丸の内3丁目4番2号新日石ビルに移転[21]。
- 1989年(昭和64年)1月1日 - 筑波研究所を設置[22]。
- 2000年(平成12年)7月11日 - 北越製紙株式会社と業務、資本提携。
- 2003年(平成15年)3月 - 中川工場(東京都葛飾区)閉鎖。
- 2005年(平成17年)
- 4月1日 - 北上工場事業を会社分割し、北上ハイテクペーパー株式会社を設立。
- 7月1日 - 北越製紙株式会社との業務・資本提携を終了。
- 2007年(平成19年)
- 2012年(平成24年)7月17日 - 本社を東京都千代田区丸の内から東京都墨田区両国に移転。
- 2021年(令和3年)9月 - つくばR&Dセンター(茨城県つくば市)閉鎖[23]。
- 2023年(令和5年)4月 - 北上ハイテクペーパー株式会社と北菱興業株式会社を吸収合併し、北上工場を設置。
白河パルプ工業
関係会社
不祥事
三菱製紙完全子会社の三菱製紙エンジニアリングが、検査の測定データを改ざんしていたことを受け、木坂隆一社長と真田茂春副社長は責任を取り、2カ月間の報酬返上処分を受けた[26]。