尚享

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君主尚質王
前任者金武朝貞
後任者羽地朝秀
生誕 (1610-01-28) 1610年1月28日
万暦38年1月4日
久米具志川 朝盈
摂政
任期
1654年  1666年
君主尚質王
前任者金武朝貞
後任者羽地朝秀
個人情報
生誕 (1610-01-28) 1610年1月28日
万暦38年1月4日
死没 (1688-10-13) 1688年10月13日(78歳没)
康熙27年9月20日
童名真山戸金
智元
唐名尚亨
称号王子

尚 享(尚 亨、しょう きょう、1610年1月28日万暦38年1月4日) - 1688年10月13日康熙27年9月20日))は、琉球王国第二尚氏王統王族大和名は久米具志川王子朝盈(ちょうえい)。金武御殿1世の尚久、大金武王子朝公の七男として生まれた。母は側室の真嘉戸樽。第8代尚豊王(尚久四男)の弟にあたる。伯父の護得久御殿1世・尚康伯、久米具志川王子朝通の養子となり、護得久御殿を継いだ。

1649年に、尚質王即位の謝恩使として江戸上りをしている。また、尚質王は即位前の一時期、尚享の養子となっていた。1654年には、尚質王の摂政に就任し、1666年までの間、第10代尚質王摂政を務めた。

尚享は、聖人按司加那志(せいじんあじがなし)のあだ名で知られるように、有徳の名政治家として後世に伝わっている。羽地朝秀が子供の頃、その才の非凡であることを見抜き、自分の後継者にと教育したという伝承も残されている。尚享のあと、羽地朝秀が摂政を継いだ。

参考文献

関連項目

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