尼崎児童虐待死事件

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標的 男児(当時6歳)
日付 2001年平成13年)8月7日
午前1時頃 (UTC+9)
概要 母親と義父が共謀して男児を殴打して死亡させ、遺体をゴミ袋に入れて運河に遺棄した[1]
尼崎児童虐待死事件
場所 日本の旗 日本兵庫県尼崎市
標的 男児(当時6歳)
日付 2001年平成13年)8月7日
午前1時頃 (UTC+9)
概要 母親と義父が共謀して男児を殴打して死亡させ、遺体をゴミ袋に入れて運河に遺棄した[1]
攻撃側人数 2人
死亡者 1人
犯人
  • 男児の義父X(当時24歳)
  • 男児の母親Y(当時24歳)
容疑
  • X:傷害致死・死体遺棄
  • Y:傷害致死・死体遺棄
動機 男児が服にカレーの染みが付いていたのを黙っていたこと[2]
対処 XとYを兵庫県警察刑事部捜査第一課と尼崎西警察署が逮捕神戸地方検察庁尼崎支部起訴[3][4]
刑事訴訟
  • X:懲役8年(第一審判決[1]
  • Y:懲役8年(第一審判決[1]
影響
  • 兵庫県は児童相談所の所長ら5人に戒告などの懲戒処分を科した[5]。 
  • 兵庫県は再発防止に向けて「児童虐待防止プログラム」を作成した[6]
管轄
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尼崎児童虐待死事件(あまがさきじどうぎゃくたいしじけん)とは、2001年8月に兵庫県尼崎市で起こった児童虐待事件である。なお同じ兵庫県尼崎市2006年に発生した尼崎児童暴行事件2012年に発覚した尼崎事件とは別の事件となる。

事件発覚

2001年8月13日午後3時20分頃、兵庫県尼崎市大浜町の北堀運河で、水面に浮かんでいた黒色のゴミ袋から人間の手が出ているのを発見[7]。引き上げると、袋には粘着テープを貼られた全裸の男児の遺体が入っており、尼崎市立花町の神戸市道場小の1年生(当時6歳)と判明[7]。警察は遺体に無数の虐待の痕があったことから、行方をくらましていた無職の養父X(当時24歳)と男児の無職の母親Y(当時24歳)を8月14日に逮捕した[8]

事件まで

事件直前、施設は長男を母親の家に一時帰宅することを認めた。両親は当時定職に就いておらず、家賃や電話料金を滞納し、食費もままならないという極貧生活だったが、これに当たり散らすように長男への虐待を開始[9]。8月6日の深夜からしつけと称してトイレの前に正座させ、食事はろくに与えず、空腹のあまりに長男が施設からもって帰った素麺を食べたいと述べると、母親は生の素麺を長男の口に押し込み、布団たたきで殴りつけたという[9]。さらに両親は外出の際、虐待の発覚を恐れて長男の口に粘着テープを貼り、紐で身体を縛って動けなくした。こうした暴行の末、8月7日には長男が逃げ出そうとすると、養父が長男の頭に回し蹴りをして止めをさし、長男は「うう」といううめき声を上げて倒れた[9]。しかし両親は大げさな演技だと相手にせず、さらに医師に見せることで虐待が発覚することを恐れて放置[9]。同日午後1時頃、長男は脳内出血で死亡[9]

2001年8月14日、兵庫県警察刑事部捜査第一課と尼崎西警察署(現・尼崎南警察署)は逃走中の両親を尼崎市内で発見、死体遺棄容疑で事情聴取を始めた[10]。翌日、死体遺棄容疑で両親を逮捕した[11]。2人は容疑を否認しているものの、以前から虐待を繰り返していることや祖母と口裏合わせをするなどアリバイ作りをしていたことから逮捕に踏み切った[11]

その後、Yは「殴って死なせて、2人で運河に捨てた」と容疑を認め、Xも「運河に遺体を捨てた」と容疑を認めた[12][13]。後に2人は男児に対する虐待も認めたため、兵庫県警察は2人を傷害致死容疑で再逮捕した[14][15]。なお、2人の供述から殺人罪での立件は見送っている[16]

2001年9月25日、神戸地検尼崎支部は両親を傷害致死罪、死体遺棄罪で起訴した[17]

刑事裁判

2001年11月5日、神戸地裁尼崎支部(鈴木正義裁判長)で初公判が開かれ、罪状認否被告人2人はいずれも「間違いありません」と述べて起訴事実を認めた[9]

2002年12月4日、論告求刑公判が開かれ、検察側は「抵抗できない子供を虐待して死なせ、ゴミ同然に捨てるなど慈愛のかけらもない」としてXとYに懲役10年を求刑した[18]

2003年2月26日、神戸地裁尼崎支部(鈴木正義裁判長)で判決公判が開かれ「暴行は執拗かつ残酷で遺体をゴミ同然に捨てており、被害者の無念さは計り知れない」としてXとYに懲役8年の判決を言い渡した[19]

問題点

脚注

参考文献

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