尾上車山古墳
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯34度39分32.28秒 東経133度51分54.50秒 / 北緯34.6589667度 東経133.8651389度座標: 北緯34度39分32.28秒 東経133度51分54.50秒 / 北緯34.6589667度 東経133.8651389度
形状
前方後円墳(柄鏡式)
規模
墳丘長138.5m
高さ11m(後円部)
高さ11m(後円部)
| 尾上車山古墳 | |
|---|---|
|
墳丘(前方部から後円部を望む) | |
| 所在地 | 岡山県岡山市北区尾上 |
| 位置 | 北緯34度39分32.28秒 東経133度51分54.50秒 / 北緯34.6589667度 東経133.8651389度座標: 北緯34度39分32.28秒 東経133度51分54.50秒 / 北緯34.6589667度 東経133.8651389度 |
| 形状 | 前方後円墳(柄鏡式) |
| 規模 |
墳丘長138.5m 高さ11m(後円部) |
| 埋葬施設 | (推定)竪穴式石室 |
| 出土品 | 埴輪 |
| 築造時期 | 4世紀後半 |
| 史跡 | 国の史跡「尾上車山古墳」 |
| 地図 | |
吉備の中山の主な古墳
尾上車山古墳(おのうえくるまやまこふん)は、岡山県岡山市北区尾上にある古墳。形状は前方後円墳。国の史跡に指定されている。別名を「ぎりぎり山古墳(ギリギリ山古墳)」とも[1][2][3]。
岡山市街地から西方、独立丘陵「吉備の中山」の南東端に築造された大型前方後円墳である。
墳形は前方部が開かない「柄鏡式」の前方後円形で(別説にわずかに開く「バチ形」)[4]、前方部を東方向に向ける。墳丘は後円部で3段築成、前方部で2段または3段築成[3]。墳丘外表では葺石・埴輪が認められている。墳丘北側では一辺約20メートルの造出の存在が推測される[4]。埋葬施設は未調査のため明らかでないが、後円部中央において墳丘主軸に直交する竪穴式石室の存在が推測される[2]。
築造時期は、古墳時代前期前半の4世紀後半[3](または4世紀中葉[1])頃と推定される。吉備の中山では、中山茶臼山古墳(大吉備津彦命墓)に後続する大首長墓と位置づけられる[3]。古墳南側に広がる水田地帯はかつては海であり、この「臨海型」の尾上車山古墳が築造された背景には海上交通との関連が推測される[4][5]。また、吉備地方の前期古墳としては浦間茶臼山古墳(岡山市東区浦間)と並び代表的な古墳であり、古代吉備の海路拠点を考察するうえでも重要視される古墳になる[1][6]。
