尾道渡船
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
尾道と向島を結ぶ渡船の中で最古といわれる航路であり、江戸時代の書物に登場する。人や物資の輸送とともに、不審者の島内への侵入を阻む警備の側面も大きかったといわれる。
- 1807年(文化4年) - 広島藩からお触れ(渡海規則書)が出て業としての渡し船に移行する。島民は無料だったので「只の渡し」と呼ばれる。
- 明治になって有料化される、運賃に肖って「一文渡し」と呼ばれるようになる。
- 1917年(大正11年) - 兼吉渡船組合が組織され経営が移る、それに伴い手漕ぎから発動機(焼玉エンジン)付き船に代わる、運賃から「1銭ポッポ」と呼ばれた。
- なお、地元で「1円ポッポ」と呼ばれている渡船があるが、これは当航路ではなく福本渡船のことである。
- 1919年(大正13年) - 神原造船製 焼玉エンジン搭載の箱型船(4t)が彦ノ上渡船(→しまなみフェリー 2008年廃航)に納入される。これが瀬戸内型フェリーの原型といわれる。
- なお、地元で「1円ポッポ」と呼ばれている渡船があるが、これは当航路ではなく福本渡船のことである。
- 1951年(昭和26年)- 尾道市・向島町・向東村・立花村・岩子島村の1市4か町村によって「公営尾道向島渡船事業組合」が創設。
- 1952年(昭和27年) - 他の渡船業者と共に運賃を5円に値上げしたが、福本渡船は追随せず運賃1円を維持したため乗客が流れ売上が半減、経営難に陥る。
- 1953年(昭和28年) - 公営化される、福本渡船への対抗策として運賃2円50銭で運航開始する。第一・第二公営丸(11t)二隻が建造される。
- 同年6月1日 同渡船で初めての自動車航送が行われる。
- 1954年(昭和29年) - 向島町営バス運行開始、兼吉が島内バスのターミナルになる。
- 1960年(昭和35年) - 第八公営丸(52t 福本造船)が建造される。
- 鋼製となり現在に続く両頭船になる、大型車の航送も可能となる。
- 余剰になった第五公営丸(18t)を向島町が購入し町営岩子島渡しに転用、向島-岩子島間の自動車航送に対応。
- 1962年(昭和37年) - 第十公営丸(82t 福本造船建造)が増備され、同型船二隻運航体制になる。
- 1963年(昭和38年) - 第十二公営丸(44t 日立造船桜島工場 1932年建造) 中古船 客室なし
- 1965年(昭和40年) - 第十四公営丸(124t 神原造船建造) 1976年に因島汽船に売却され第十五重井丸
- 1968年(昭和43年) - 尾道大橋が開通、以後利用減に悩むこととなる。
- 収益の柱であった大型車の利用が以前の1割にまで落ち込み、大きな打撃となる。
- 1974年(昭和49年) - この頃、当時在籍3隻が防火工事を受ける。
- 1973年大三島沖でのフェリーひろしま火災事故を教訓にした行政指導によるもの。
- 具体的には、客室に非常扉を増設、客室車両甲板側窓が鉄板で埋められた等。
- 1976年(昭和51年) - 小型船(19t 神原造船建造) 第1・第2兼吉丸が新造され、自動車航送が中止となる。
- 第八・第十公営丸の売却に手こずる。
- 1984年(昭和59年) - 民間に売却され、尾道渡船(株)が運航開始。
- 自動車航送が再開され、第1・第2兼吉丸がブリッヂ(操舵室)部分を50cm嵩上げ改造される。
- 2000年(平成12年) - 第1兼吉丸が桑田渡船に移籍、桑田渡船の第十二天神丸(元 第十公営丸)が廃船となる。
- しまなみ海道開通時に自動車航送を廃止した駅前渡船より、第十向島丸(98t 神原造船)が転入。
- 2003年(平成15年) - にゅうしまなみ(19GT 石田造船)就航、日本初のバリアフリー法適合フェリーとなる。
- 2007年(平成19年) - 第十向島丸が運用離脱、しまなみフェリーより第一しまなみ(96t 神原造船)が転入。
- 2013年(平成25年)4月 - 尾道大橋通行料無料化後は自動車航送がさらに落ち込み、尾道の渡船は厳しい経営環境に置かれる。
- 2020年(令和2年)8月 - 尾道市が向島運航(駅前渡船)と尾道渡船の民営渡船2航路を、2021年春にも市の第三セクターである歌戸運航が引き継ぐことを検討中であると明らかにした。なお福本渡船は単独存続の意向を示している。
- 2021年(令和3年) - 2月に向島運航(駅前渡船)と尾道渡船の2航路の歌戸運航への譲渡申請が中国運輸局に提出され3月に認可される、2航路は3月末日をもって歌戸運航に譲渡、5月には存続会社である歌戸運航が社名変更し おのみち渡し船 株式会社となる。
- 2025年(令和7年)4月1日 - 福本渡船が廃業
エピソード
- チャック(ズボンのチャック・ファスナー)という造語をした日本開閉器工場は、兼吉側桟橋を降りて直ぐ左側(東隣)にあった。現在パチンコ店の在る場所である。
- 1999年しまなみ海道開通イベント「兼吉レトロタウン」が、尾道渡船向島側広場で催され、予想を遥かに上回る集客となった。同渡船の施設は普段の姿でレトロを担った。
- 渡船の船長の中には、公営渡船開所時から勤続半世紀以上の船長が実在する。
- 2006年8月しまなみフェリー、2008年12月駅前渡船と相次いだ桟橋沈没事故の際には、両渡船の振替輸送を行った。
- ちなみに尾道渡船の両岸桟橋も、堂々の勤続半世紀である。
- NHK連続テレビ小説「てっぱん」では、瀧本美織扮する村上あかりが利用している渡船として撮影された。



