山中秀二郎

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山中秀二郎

山中 秀二郎(やまなか ひでじろう、1879年明治12年)12月15日[1]1944年昭和19年)3月1日[2])は、日本検事鉄道官僚貴族院男爵議員

陸軍中将男爵山中信儀の二男として生まれ、1926年大正15年)5月15日に男爵を襲爵した[1][3]1912年(明治45年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業[1]。翌年に司法官試補となり、東京地方裁判所・区裁判所検事、広島地方裁判所・区裁判所検事、福岡地方裁判所・区裁判所検事を歴任した[4]1923年(大正12年)、東京鉄道局副参事に転じ、水戸運輸事務所長、人事係長、参事、鉄道省事務官、鉄道監察官を歴任した[1][4]

1939年(昭和14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[5][6]公正会に所属して活動し死去するまで在任した[7][8]

その他に富岩鉄道株式会社取締役を務めた[9]

1944年(昭和19年)3月1日没、墓所は東京都港区瑞聖寺

親族

脚注

参考文献

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