陸軍中将・男爵山中信儀の二男として生まれ、1926年(大正15年)5月15日に男爵を襲爵した[3]。1912年(明治45年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業。翌年に司法官試補となり、東京地方裁判所・区裁判所検事、広島地方裁判所・区裁判所検事、福岡地方裁判所・区裁判所検事を歴任した。1923年(大正12年)、東京鉄道局副参事に転じ、水戸運輸事務所長、人事係長、参事、鉄道省事務官、鉄道監察官を歴任した。
1939年(昭和14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[5][6]、公正会に所属して活動し死去するまで在任した[7][8]。
その他に富岩鉄道株式会社取締役を務めた。
1944年(昭和19年)3月1日没、墓所は東京都港区の瑞聖寺。