山内逸造 From Wikipedia, the free encyclopedia 山内 逸造(やまうち いつぞう、1894年(明治27年)5月21日[1] - 1979年(昭和54年)2月14日[2])は、日本の内務・警察官僚。官選奈良県知事。従四位。勲三等瑞宝章。 岐阜県出身。山内謙次郎の息子として生まれる[1]。1922年、京都帝国大学法学部を卒業。同年11月、高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し静岡県属となる[3]。 以後、三重県警視・地方事務官、福島県・埼玉県各勤務、島根県書記官・警察部長、秋田県書記官・警察部長、熊本県書記官・警察部長、埼玉県書記官・警察部長、静岡県書記官・警察部長、内務事務官、東京府総務部長、内務省計画局都市計画課長[1]、内閣総理大臣秘書官[4]などを歴任した。 1940年11月、奈良県知事に就任。戦時体制の強化などに尽力。1942年7月、台湾総督府警務局長に転じ、1945年1月まで在任[5]。東京都交通局長に就任し、同年12月24日に依願免本官となり退官[6]。その後、公職追放となった[3]。 脚注 1 2 3 『新編日本の歴代知事』724頁。 ↑ 『朝日新聞』(東京本社発行)1979年2月15日朝刊、23面の訃報より。 1 2 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』238頁。 ↑ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』26頁。 ↑ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』128頁。 ↑ 『官報』第5639号、昭和20年10月27日。 参考文献 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。 表話編歴 奈良県知事(官選第26代:1940-1942)官選 第一次奈良県(-1876) 春日仲襄 園池公静 奈良府知事 → 奈良県知事 海江田信義 四条隆平 県令 青山貞 権令 藤井千尋 権令 第二次奈良県(1887-) 税所篤 小牧昌業 古沢滋 水野寅次郎 寺原長輝 河野忠三 川路利恭 青木良雄 若林賚蔵 折原巳一郎 川口彦治 木田川奎彦 成毛基雄 鈴木信太郎 別府総太郎 百済文輔 笹井幸一郎 小栗一雄 石黒英彦 斎藤樹 久米成夫 児玉政介 一戸二郎 三島誠也 宮村才一郎 山内逸造 堀田健男 澤重民 小田成就 小野正一 野村万作 谷口寛 公選 野村万作 奥田良三 上田繁潔 柿本善也 荒井正吾 山下真 カテゴリ Related Articles