山加朱美
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兵庫県神戸市生まれ[4]。父は調理師[4]。弟が一人いる[4]。
東京都立北高等学校、神田外語学院卒業[5]。全日本空輸スチュワーデスを経てフリーアナウンサーの活動を開始。アナウンサーとして最初の仕事はTBSラジオの道路交通情報[4]。
1977年(昭和52年)に文化放送『日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲』(当時は「日野ダイナミックスコープ」)パーソナリティーとしてデビューし、「午前3時の白雪姫」と呼ばれる[6]。この他NHK-FM『夕べのひととき』、文化放送『ニュース・レポート 世界は今』、TBSラジオ『野坂昭如のマッドナイト'80』『山加朱美のラブラブジョッキー』などでパーソナリティを務める[4]。
フジテレビ『皇室ご一家』のレポーターを務め、1979年(昭和54年)に昭和天皇・皇后の北ヨーロッパ歴訪に、日本の報道機関として初の女性同行取材者となった[6]。
社会福祉活動にも取り組み、発展途上国に対して子供たちに書籍・図書の寄付、あるいは使用済み郵便切手を活用して、身体障害者や海外飢餓救済などに取り組む[6]。
1989年(平成元年)、不慮の事故により右下肢障害第4級の身体障害者手帳に認定され、車椅子生活を強いられるが、その経験を生かして、障害者福祉の活動に積極的に取り組み、2001年(平成13年)に行われた東京都議会議員選挙に初当選(練馬区選出)。主な活動として、ヘルプマークの提案者となった。平成29年の都議選で次点で落選[7]。令和3年の都議選で返り咲き当選[8]。令和7年の都議選で次点で落選[9]。