山口厚
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略歴
- 1953年新潟県生まれ。目黒区立鷹番小学校、目黒区立東山中学校卒業
- 1972年 - 東京教育大学附属駒場高等学校卒業
- 1974年 - 司法試験合格
- 1976年 - 東京大学法学部卒業
- 1976年 - 東京大学法学部助手(学士助手)
- 1979年 - 東京大学法学部助教授
- 1982年8月 - ハーバード大学ロー・スクール客員研究員(至1983年6月)
- 1992年 - 東京大学大学院法学政治学研究科教授
- 2002年まで旧司法試験第二次試験考査委員(刑法)
- 2006年より新司法試験考査委員(刑法)
- 2009年 - 日本刑法学会理事長(2015年5月まで)
- 2012年 - 東京大学大学院法学政治学研究科長・法学部長、司法試験委員会委員長
- 2014年3月 - 東京大学退職
- 2014年4月 - 早稲田大学大学院法務研究科教授
- 2014年6月 - 東京大学名誉教授[7]
- 2016年8月 - 第一東京弁護士会へ弁護士登録(現在は登録抹消)、桃尾・松尾・難波法律事務所
- 2017年1月 - 早稲田大学法学部大学院法務研究科退職
- 2017年2月 - 最高裁判所判事
- 山口は弁護士出身枠として最高裁判事となったと言われているが、日本弁護士連合会が推薦した最高裁判事の候補者には含まれておらず、実際には弁護士登録からわずか1年未満であり、実質的には法学者出身枠の最高裁判事と同様のキャリアである中で第3次安倍内閣の判断によって最高裁判事に任命された[8]。そのため慣行破りとの批判や最高裁人事の多様性といった賛成など、就任には賛否両論があった。なお、最高裁判事には、裁判官出身者6名、弁護士出身者4名、検察官出身者2名、行政官出身者2名、法学者出身者1名という出身分野による枠が存在していると言われているが、これはあくまで近年はこのような構成になっているという傾向に過ぎず、法定されているわけでもないため、枠を重視すべきではないとの指摘や、山口は弁護士枠ではなく法学者枠であって、最高裁判事の法学者枠が増えた(代わりに弁護士枠が減った)と解するべきとの指摘もある。
- 2017年10月22日 - 最高裁判所裁判官国民審査において、罷免を可とする票4,361,391票、罷免を可とする率7.96%で信任[9][注釈 1]。
- 2023年11月5日 - 最高裁判所判事を定年退官
学説
結果無価値論者。助教授時代の論文『「原因において自由な行為」について』で、当時通説的見解であった間接正犯類似説が原因行為を実行行為としていたことに対し、その必然性はないと批判した平野龍一の問題意識を発展させて精密化し、結果無価値論の立場から未遂犯の処罰根拠を結果の危険と解した上で、その処罰範囲を法益侵害の危険性の相当な原因となった行為に限定するとの理論を展開した[10]。
その後の『危険犯の研究』で、結果無価値論の立場から危険犯の処罰根拠を精密化し、抽象的危険犯においても結果の発生がない場合が想定できると準抽象的危険犯の概念を提唱した。小林憲太郎立教大学教授は、『問題探究刑法総論』は日本刑法学史において最も重要な業績と評価する[11]。
平成29年6月23日公布(7月13日施行)となった改正刑法においての性犯罪関係の検討を行った「性犯罪の罰則に関する検討会」では座長を務めた[12]。刑法は、この改正により、性犯罪について、これまでの強姦罪は内容が改められる(非親告罪化、男性による女性の姦淫以外も罰する対象となる)と共にその名称が消えて強制性交等罪となり、また性犯罪の凶悪化に対応するため平成16年の刑法改正で設けられた集団強姦罪は消滅する事となった。
- 構成要件論:実行行為概念の判断基準の明確化、因果関係の判断枠組み(判例)の支持と基準の明確化(従来の相当因果関係説の判断基底論の不採用)、正犯性論における結果原因支配(下位基準として遡及禁止論)の採用。
- 違法論:主観的違法要素の原則的否定(法益侵害の危険を基礎づける限りで承認)。
- 責任論:事実の錯誤論における具体的法定符合説、制限責任説、修正旧過失論の採用。
- 共犯論:因果共犯論および制限従属性説(混合惹起説)の採用。
- 未遂犯と不能犯の区別における修正された客観説、中止犯における新たな政策説(意識的危険消滅説)。