山口玲子 (作家)
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愛知県名古屋市生まれ[2]。1957年に名古屋大学文学部社会学専攻を卒業後、1964年まで東海テレビ放送に勤務[2]。当時は婦人向けの教養番組を作っており、仕事はおもしろかったと述べている[3]。以降はフリーランスのテレビディレクターおよびライターとして活動[2]。夫と娘の3人家族であり、夫は大学のゼミの先輩で、東海テレビでは同じ1期生であった[3]。のちに名古屋市千種区山門町[4]から静岡県伊東市へ移住[5]。
1960年代末に『明治文学全集』に収録されていた『したゆく水』を読み、のちに伝記を著すことになる古在紫琴を知る[3][6]。それまでは明治時代の女性作家は、皆「女心の城にこもってしまう人ばかり」なのだと思っており[3]、紫琴に対する一般の認識を変えることが伝記を執筆する動機であったと述べている[6]。1975年頃から執筆を開始し、1977年に草土文化から刊行された[2]。その後は、若松賤子・川上貞奴・巖本真理の伝記を執筆し、新潮社から刊行された。貞奴の伝記は1993年に朝日文庫からも刊行されている。