山名学
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高校在学中に、高校生の内藤寛がプログラマーとしてアンプルソフトウェアでアルバイトしていることを特集したNHKのテレビ番組を観て、同社に応募してアルバイトでMSX向けゲームの開発に関わる[1]。内藤とはのちに『ドラゴンクエストシリーズ』をともに手掛ける。この時の上司であった板倉雄一郎の会社ザップの起業に協力し、幾つかのMSX向けゲーム制作とPC向けゲーム制作を行う。
大学入学後の1986年同社を退社し、チュンソフトに入社。ドラゴンクエストシリーズのメインプログラムを担当。『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』(ファミコン版)でバトルシステムのAIシステムを構築する。1991年大学卒業と共にチュンソフト取締役開発部長に就任。翌年発売した『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』を最後にチュンソフトを退社。のちにハートビートを設立しドラゴンクエストシリーズのプログラミング業務を引き継ぐ。
2000年に『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』で第4回文化庁メディア芸術祭デジタルアート・インタラクティブ部門大賞を受賞する[2]。
2002年にハートビートの業務を縮小して新会社ジニアス・ソノリティを設立し、代表取締役社長を務める。ポケットモンスターシリーズ周辺のゲーム制作を手掛ける。
2012年にハートビートの活動再開を発表した。