東京市深川区洲崎(現在の東京都江東区東陽一丁目)生まれ。1915年(大正4年)、井上正夫に師事し、舞台に出演。1923年(大正12年)に松竹蒲田撮影所に本名で入社、その後1926年に五月信子が興した近代座に参加。二枚目に抜擢される[1]。1930年に河合映画製作社に入社、芸名を山吹徳二郎に改める[1]。同年公開の『黒シャツ隊』で初出演[2]。河合、大都映画では三枚目に転向、大岡怪童・大山デブ子の肥満型の俳優と長身痩躯の山吹とのトリオは名物となる[1]。
1942年、大都・日活・新興キネマとの合併を機に退社。その後は舞台で活動した。1958年没。