山岡薬医 From Wikipedia, the free encyclopedia 山岡 薬医(やまおか やくい、生没年不詳)は、戦国時代の武将。吉良氏の郎党 [1]。 吉良義昭に仕え、永禄4年(1561年)善明堤の戦いに従軍した。4月15日、尾崎修理の放った矢に当たって深手を負った松平好景に走り寄り、その首を討ち取った [2] [3]。 脚注 ↑ 六ツ美村是調査会 1926, p. 618. ↑ 早稲田大学出版部 1913, p. 142. ↑ 愛知県西尾市 1973, p. 271. 参考文献 『六ッ美村誌』(六ツ美村是調査会 1926年、618p) 『通俗日本全史第9巻』(早稲田大学出版部、1913年、142p) 『西尾市史: 古代・中世・近世(上)』(愛知県西尾市 、1973年、271p) 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles