英国留学後、ジャーディン・マセソンで安田弘の秘書アシスタントとして1年あまり勤務[5]、結婚を機に退職[2]。クラシックコンサートの企画事業を手掛けるとともに、大政奉還前に徳川慶喜が飲んだとされる「将軍珈琲」(サザコーヒー)の宣伝大使も務めている[1]。
徳川慶喜家の4代当主・徳川慶朝が2017年に亡くなってからは資料整理を続け[3]、自身の祖母でもある徳川和子(徳川慶光の妻)の手記をまとめ、出版した[3]。2023年(令和5年)1月に慶喜家5代当主となることを公表、同時に慶喜家の絶家・墓じまいの予定も公表した[4]。