山崎敏光
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1957年(昭和32年)に東京大学理学部物理学科を卒業。東京大学原子核研究所助手、カリフォルニア大学およびニールス・ボーア研究所研究員、東京大学理学部講師、同助教授をへて[6]、1972年(昭和47年)東京大学教授となる[1]。1986年(昭和61年)東京大学原子核研究所長[1]。退官後は東京大学名誉教授。日本学術振興会監事、財団法人仁科記念財団理事長(後任はノーベル賞受賞者の小林誠[7])などを歴任[6]。
原子核物理の研究で知られ、中間子物理の実験的研究など卓越した業績で数々の受賞・受章を授与されている。2010年(平成22年)秋の叙勲では瑞宝重光章を受章した[3]。
リヒャルト・ワーグナーの研究でも知られ、訳書(ジョフリー・スケルトン 著『バイロイトの100年』音楽之友社 1976年)の出版も行なっている。
著名な家族
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院教授でドイツ文学者(リヒャルト・ワーグナー研究者)の山崎太郎は長男。