山形市立第三小学校

From Wikipedia, the free encyclopedia

国公私立の別 公立学校
設置者 山形市
設立年月日 1889年
創立記念日 10月1日
山形市立第三小学校
北緯38度15分44.6秒 東経140度20分17.9秒 / 北緯38.262389度 東経140.338306度 / 38.262389; 140.338306座標: 北緯38度15分44.6秒 東経140度20分17.9秒 / 北緯38.262389度 東経140.338306度 / 38.262389; 140.338306
国公私立の別 公立学校
設置者 山形市
設立年月日 1889年
創立記念日 10月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B106220120035 ウィキデータを編集
所在地 990-0057
山形県山形市宮町五丁目7番58号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

山形市立第三小学校(やまがたしりつ だいさんしょうがっこう)は、山形県山形市にある公立小学校。略称は、「山三小」、「山形三小」、山形市内では、「三小」と呼ばれている。

山形市中心部からやや北側の住宅街の中に建っている。卒業後はほとんどの児童が山形市立第五中学校へ進学する。

学区

  • 円応寺町、宮町一丁目~五丁目、薬師町一丁目、薬師町二丁目7番から22番まで、銅町一丁目~二丁目

沿革

1872年(明治5年)に公布された学制によって、翌年に山形にも最初の小学校が発足したが、いずれも小規模であった。山形町は1886年(明治19年)、学校令の基準に合わせた規模にするために、東部研進小学校、中部研進小学校、北部研進小学校、育英小学校の4校を統合して、歩町尋常小学校にした[1]。翌1887年年に改称して宮町尋常小学校となり、1889年(明治22年)に山形市の市制施行時に北部尋常高等小学校と改称した[1]。尋常、高等は、年限の違いで、全員が義務教育の尋常科に入り、一部が高等科に進学する制度である。高等科を併設する小学校としない小学校があり、山形では山形高等小学校という高等科だけの小学校を設けた時期もある[1]1908年(明治41年)に、山形市第三尋常小学校になり、以後は制度の変更での改称があるだけで「第三」のまま続いている。

第二次世界大戦の末期には、校舎が岡野電機の疎開工場になった[2]。1945年(昭和30年)8月15日に第三国民学校の生徒は山形県高擶村(現在は天童市の一部)に集団疎開したが、その日にポツダム宣言を受諾する終戦の詔勅があり、戦争が終わった[3]

  • 1889年9月1日 - 旧存の小学校を山形市北部高等尋常小学校として改称して宮町に開校。翌月の10月1日を創立記念日とする。
  • 1908年 - 山形市第三尋常小学校と改称
  • 1923年 - 校章制定
  • 1926年 - 高等科を併設、山形市第三高等尋常小学校と改称
  • 1939年 - 高等科を山形市立高等小学校に移管し、山形市第三尋常小学校と再改称
  • 1941年4月1日 - 山形市第三国民学校と改称
  • 1947年4月1日 - 山形市立第三小学校と改称
  • 1957年4月1日 - 山形市立第九小学校を分離開校
  • 1968年10月15日 - 現在の校舎に新築

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI