山本健治
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大阪府守口市出身。吉本新喜劇所属の池乃めだかとは小学校時代の同級生である。1962年3月大阪府立清水谷高等学校を卒業し、同年4月立命館大学に入学する。大学時代には自治会委員長を務めていた[3]。1966年4月、大阪読売広告社(読売新聞大阪本社の関連会社であり、読売広告社との関係はない)に入社。その後、村田製作所に勤務を経て1975年4月、大阪府高槻市議会議員に当選し、二期務める。1983年4月の統一地方選にて大阪府議会議員に当選し、一期務めた。議員時代はジーパン姿に自転車で選挙活動を行い、草の根派として自己調査にもとづく告発・追及を積極的に行った[4]。1987年4月の統一地方選にも再選を目指して出馬したが落選し、再起をかけた1991年4月の統一地方選にも出馬したが議席復活とはならなかった[4]。
その後はフリーのライターに転じ、経済雑誌等に記事の発表や単行本を出版している。取材を通じて「掃除を学ぶ会」のメンバーと出会い、掃除の大切さを知り、毎朝事務所近くの駅前広場周辺の掃除を10年余にわたって行っている[5]。また、関西各地の学校に赴き、素手でトイレ掃除を行う活動を行っている[6]。また、ワイドショー番組のコメンテーターとして社会問題について批評を行っており、その辛口なコメントはヤマケン節と呼ばれている[7]。
また、中央会経営教育センター顧問の現場再生に関するコンサルティングや社会福祉法人・四季の会(高槻梶原ピッコロ保育園)理事も務める。