山口県出身。1912年(明治45年)、東亜同文書院を卒業。高等文官試験に合格し、1920年(大正9年)に外務事務官となり、トルコ大使館三等書記官、外務省通商局勤務、イギリス大使館二等書記官、満州国大使館二等書記官、同一等書記官、外務省調査部第五課長、同通商局長を歴任した。1940年(昭和15年)東亜局長となり、1941年(昭和16年)10月にはアメリカ局長を兼任した。さらに1942年(昭和17年)外務次官に就任し、同年11月1日大東亜次官に転じた[4]。1944年(昭和19年)駐タイ大使に就任し、そこで終戦を迎えた。
戦後は公職追放を経て[5]
、のちに国際貿易促進協会会長を務めた。