山県昌久 From Wikipedia, the free encyclopedia 山県 昌久(やまがた まさひさ、永禄5年(1562年) - 慶長13年(1608年))は、戦国時代の武将。 福井笹治山縣家の祖。通称上村源四郎、佐兵衛 [1]。 山県昌景の子として生まれる。後に上村源四郎と称した。長篠の戦い後は母方の上村左衛門の元に身を寄せ尾張国に住んだ[2] [3]。 慶長13年(1608年)死去。息子の昌時は結城秀康に仕えて3600石を賜った [4]。 参考文献 『福井市史: 資料編 - 第 4 巻』(福井市、1988年、416p、931p) 村上直先生還暦記念出版の会編『日本地域史研究』(文献出版 、1986年、172p) 脚注 ↑ 村上直先生還暦記念出版の会 1986, p. 172. ↑ “福井笹治山県家系譜”. 2023年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月3日閲覧。 ↑ 福井市 1988, p. 416. ↑ 福井市 1988, p. 913. この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles