山辺英彦
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山辺英彦 | |
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| 生誕 |
1923年8月22日 |
| 死没 |
1960年11月20日(37歳没) |
| 国籍 |
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| 研究分野 | 微分幾何学, 群論 |
| 研究機関 | 大阪大学, プリンストン高等研究所, ミネソタ大学, ノースウェスタン大学 |
| 出身校 | 東京大学 |
| 博士課程指導教員 | 彌永昌吉 |
| 主な業績 | ヒルベルトの第5問題, 山辺フロー, 山辺不変量, 山辺問題 |
| 影響を与えた人物 | 微分幾何学, 群論 |
| プロジェクト:人物伝 | |
山辺 英彦(やまべ ひでひこ、1923年8月22日 - 1960年11月20日)は、日本の数学者である。
位相群、リー群の構造を研究しヒルベルトの第5問題の解決に貢献したことで知られる。その後、偏微分方程式、力学系、微分幾何学の研究に移る。微分幾何学では共形幾何学における変分問題である「山辺の問題」が有名である。また山辺不変量、山辺フロー、山辺定数などに名を残す[1][2]。
山辺は1923年8月22日に兵庫県芦屋市で山辺武彦、レイの六男として生まれた[3]。芦屋市立山手小学校、神戸第一中学校を経て[4]、1944年9月に第三高等学校を卒業後、東京帝国大学数学科に入学した。1947年9月に東京大学を卒業して理学士の学位を得た[4]。卒業論文の指導教員は彌永昌吉だった[5]。その後大阪大学数学科に移り、1949年に同大学助手、1951年に講師となる[4]。1952年から2年間プリンストン高等研究所研究員[4]。1954年、大阪大学から理学博士の学位を取得した[4]。1954年ミネソタ大学助教授を経て、1957年准教授[4]。1958年大阪大学教授[4]。1959年再びミネソタ大学。1960年ノースウェスタン大学教授[4]。同年11月、ノースウェスタン大学のあるエバンストンにてくも膜下出血で死去した。37歳だった[4]。葬儀はエバンストンにて仏式で行われ、彌永昌吉が弔辞を述べた[4]。