岡部鷹司

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生年月日 1921年9月22日
没年月日 (2018-05-24) 2018年5月24日(96歳没)
出身校 東北帝国大学工学部卒業
(現東北大学工学部)
岡部鷹司
おかべ たかし
生年月日 1921年9月22日
出生地 日本の旗 日本 熊本県天草郡御所浦町
(現熊本県天草市)
没年月日 (2018-05-24) 2018年5月24日(96歳没)
出身校 東北帝国大学工学部卒業
(現東北大学工学部)
前職 岡部産業取締役
所属政党 無所属
称号 従五位
旭日小綬章
当選回数 7回
在任期間 1979年5月 - 2006年2月27日
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岡部 鷹司(おかべ たかし、1921年9月22日 - 2018年5月24日)は日本の政治家御所浦町長(7期)を務めた。

1995年御所浦町長選挙

1921年9月22日、熊本県天草郡御所浦町(現天草市)に生まれる[1]1940年、旧熊本県立天草中学校(現熊本県立天草高等学校)卒業[1]1942年熊本高等工業学校(現熊本大学工学部)卒業[1]1945年東北帝国大学工学部(現東北大学工学部)卒業し、林兼造船に入社する[1][2][3][4]1951年、九州産業交通(現九州産業交通ホールディングス)に入社する[1]1972年、岡部産業取締役になる[1]1979年5月、御所浦町長となる[1][5]1991年4月16日第12回統一地方選挙下で告示された御所浦町長選挙で無投票で4選を果たした[2]

前回と異なり、新人2人との選挙戦となったが、1995年4月23日第13回統一地方選挙下で実施された御所浦町長選挙で5選を果たした[6]。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
岡部鷹司73無所属1,873票53.2%-
奥田東興54無所属1,570票44.6%-
黒田忠廣47無所属77票2.2%-

1999年御所浦町長選挙

前回破った新人との争いとなったが、1999年4月25日第14回統一地方選挙下で実施された御所浦町長選挙で6選を果たした[7]。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
岡部鷹司77無所属1,919票55.7%-
奥田東興58無所属1,524票44.3%-

2003年4月22日第15回統一地方選挙下で告示された御所浦町長選挙で無投票で7選を果たした[4]2005年11月7日、前日に退任した鹿児島県坊津町長谷上幸男に代わって。全国最年長首長となった[8]2006年2月26日、市町村合併で天草市が発足するのに伴い、町長を退任した[9]。2018年5月24日、老衰のため死去した[10][11][12]

町長在任中の出来事

  • 1995年6月13日までの1年間水俣市本渡市(現天草市)に船を利用して出張し公費から4460円支出したが、実際には船舶会社の無料パスを使っていた[13]。これに対し、町議会議員らに4460円を町に支払うように求める訴訟を熊本地裁に起こされた[13]1996年10月21日、原告の訴えを認めて全額の支払いを命じた[13]
  • 町の条例に定めがないにもかかわらず、非常勤職員に期末手当を支給したのは違法だとして、町議会議員ら6人に約740万円を町に返還するように求める訴訟を熊本地裁に起こされた[14]。しかし、1998年3月9日、支出は違法だが町に損害が生じていないとして、原告の訴えを棄却した[15]
  • 2004年3月22日、町議会の全員協議会の決定により議長から高レベル放射性廃棄物最終処分場の建設調査地への応募を要請された[16]。これに対して、岡部は全員協議会の開催を求め、4月7日に開かれた[17]。席上で、応募しないと断言した[17]。要請は白紙撤回された[17]

人物

栄典

脚注

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