岩倉恒具
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元禄14年(1701年)、岩倉乗具の子として生まれる[1]。母は家女房[1]。初名は具修[1](具脩[2])。兄弟は千種有敬、植松賞雅[1]。
宝永元年(1704年)に従五位下に叙爵。正徳4年(1714年)に元服とともに従五位上侍従となる。享保3年(1718年)に正五位下。享保4年(1719年)に恒具と改名する。その後も累進し、左近衛少将と右近衛中将を経て、享保17年(1732年)に従三位に達して公卿に列した。その後、正三位・参議・左近衛中将を経て宝暦3年(1753年)に従二位権中納言となったが、宝暦8年(1758年)に宝暦事件に連座。
宝暦10年(1760年)7月29日 、死去した[3][1]。60歳[2]。号は覚円院[1]。
弟・植松賞雅の子・尚具を養子とした[1]。