岩子島

広島県尾道市の島 From Wikipedia, the free encyclopedia

岩子島(いわしじま)は、広島県尾道市に属す島である。

所在海域 瀬戸内海
所属諸島 芸予諸島
座標 北緯34度22分47.7秒 東経133度9分51.7秒
概要 岩子島, 所在地 ...
岩子島
所在地 日本の旗 日本 広島県尾道市
所在海域 瀬戸内海
所属諸島 芸予諸島
座標 北緯34度22分47.7秒 東経133度9分51.7秒
岩子島の位置(広島県内)
岩子島
岩子島
岩子島 (広島県)
岩子島の位置(日本内)
岩子島
岩子島
岩子島 (日本)
プロジェクト 地形
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地理

御幸瀬戸と向島大橋。右が岩子島。

本州尾道市から南の尾道水道を隔てた位置にある島[1]。東側が御幸瀬戸を隔てて向島になり、 向島大橋で結ばれている[1]。向島はしまなみ海道と結ばれているため、この島は本州と陸続きになる[1]。地理的・文化的にも向島と一体化している存在である[2]

面積2.46km2(2015年現在[3])。周囲約8km [4]。気候は瀬戸内海式気候

人口約660人、高齢化率44.9%(2012年現在[5])。島域すべて〒722-0072広島県尾道市向島町岩子島。

歴史

尾道水道西端。左が岩子島、中央が鯨島。

近世まで

この島では遺跡・古墳・古城跡といった埋蔵文化財は発見されていない[6]

島の南西部にある岩子島厳島神社には、太古の昔市岐島姫命が滞在した伝説が残る。ただ話自体は後世の創作であるとしている[7]

この島の北西部、尾道水道の西端にある2つの無人島は現在は三原市に属しており、それぞれ「大鯨島」と「小鯨島」、纏めて「鯨島」とも呼ばれる。これらの島のことは、応安4年(1371年)今川貞世(了俊)が九州探題として下向していた時の紀行文『道ゆきぶり』や、康応元年(1389年)足利義満厳島詣の際の紀行文『鹿苑院殿厳島詣記』に登場する[8]

其海中に木ぶかき小島二ならびたり、是なんくぢら島といふなり、年ごとのしはすに、くぢらといふうを多くよりきつヽ、又のとしのむ月に又かへり侍るとなん、是はこヽにいます神の誓にてかく侍ると、海人どもの申也・・・今川了俊、道ゆきぶり[9]

つまり、中世には岩子島付近までクジラ回遊していたことを意味する[10]。一方で、岩子島の名称はイワシの回遊に由来しているともされている[11]。後述の岩子島厳島神社管絃祭の際には、御座船が岩子島と鯨島を巡る[10]。なお、スナメリは近年でも回遊する姿が時折見られる。

江戸時代、この地は広島藩領となる。

近代以降

概要 いわしじまむら 岩子島村, 廃止日 ...
いわしじまむら
岩子島村
1929年 尾道都市計画区域図
1929年 尾道都市計画区域図
廃止日 1954年3月31日
廃止理由 編入合併
御調郡向島町、御調郡岩子島村→御調郡向島町
現在の自治体 尾道市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 広島県
御調郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
岩子島村役場
所在地 広島県
座標 北緯34度22分58.6秒 東経133度10分01.7秒
ウィキプロジェクト
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産業

島の産業の中心は農業

特に国内トップの生産量を誇るワケギの産地として著名である。大正時代から一大産地となったものの、太平洋戦争中には統制野菜(麦やサツマイモなど)が生産されたため、一時期廃れた。1949年(昭和24年)野菜の統制撤廃後からワケギ栽培が復活し、農業技術の革新により1970年代には広島ワケギの名声を確立した。島の農家の4割がワケギ農家である[1][14]

また広島県内トップの生産量を誇るトマトの産地でもある[4]

観光・文化

文化財

ここでは国・県・市が指定している文化財を列挙する[2]

  • 県天然記念物
    • 阿弥陀寺のビャクシン - 樹高約16m×胸高幹囲2.7m [15]
  • 市天然記念物
    • ゆるぎ岩

例祭・行事

岩子島厳島神社参道
  • 市有形民俗文化財

名所

  • 岩子島厳島神社
  • 岩子島海水浴場
  • 鶏の鼻 …… 南端の岬。因島大橋が一望できる。

作品・ロケ地

交通

概要 向島大橋, 基本情報 ...
向島大橋
基本情報
所在地 広島県尾道市
交差物件 瀬戸内海御幸瀬戸
座標 北緯34度22分34.3秒 東経133度10分25.3秒
構造諸元
形式 ランガー橋(車道部)、ワーレントラス単純桁橋(歩道部)[12]
有効幅員 4.9 m 、車道幅員 4.5 m 、 歩道幅員 2.5 m [12]
高さ 14 m [12]
最大支間長 118.9 m [12]
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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向島大橋、尾道大橋で結ばれているため陸続きである。フェリー航路・渡船は存在していない。公共交通機関としてはおのみちバスの路線がある。

向島大橋は、北側に車道橋としてのランガ―橋と、南側に歩道橋としてのトラス橋が並走して架けられ、どちらも鮮やかな赤の塗装が施されている。尾道と向島を結ぶ橋が尾道大橋であることなどの前例から、岩子島大橋ではなく向島大橋と命名された。全長は 約140 m 、海面からの高さは 14 m で、1968年昭和43年)に日本初の海を渡る農道の橋(渡海農道橋)として開通し、1990年平成2年)にトラス橋が併設された[12]

出身者

脚注

外部リンク

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