岸川和広
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プロ入り前
小学校時代は調布ファイターズ、調布市立第六中学校時代は調布リトルシニアでプレー[1]。調布リトルリーグで全国優勝し、日本代表メンバーとして米国で開かれた世界選手権大会(カル・リプケンU12ワールドシリーズ)に出場し、大会では米国の地区代表と世界各地域の代表が戦い、調布リトルは世界3位になった[2]。 高校へは中学時代の指導者に勧められ、静岡県の東海大静岡翔洋高校へ進学[3]、第105回全国高校野球選手権記念静岡大会では2年生でベンチ入りしノーシードから決勝まで勝ち上がり、決勝で浜松開誠館に12―8で敗れる[4]。翌年の第106回全国高校野球選手権静岡大会では主将を務め出場したが4回戦で敗れ甲子園出場は果たせなかった。3年生でプロ志望届を提出[5][6]。5,6球団から調査書が届いたが、ドラフト指名漏れした。高校卒業後の進路をプロ一本に絞っており、大学に進む方向転換も考えたが、コーチからオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブのトライアウトがあることを聞き、プロに近い環境でのプレーを望んだ[7]。
オイシックス時代
2025年に新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに入団。
公式戦初安打は2025年6月6日、ハードオフスタジアム新潟で行われた巨人戦で九番・遊撃手として先発出場し、8回の第3打席でカイル・ケラーから遊撃への内野安打を放った[8]。同年はイースタン・リーグ25試合の出場にとどまった。打率.296(54打数16安打)、0本塁打、1打点、0盗塁(2盗塁刺)の成績で[9]、守備位置は遊撃21試合、二塁3試合だった[10]。
選手としての特徴・人物
詳細情報
背番号
- 52(2025年 - )