1911年12月20日に兵庫県浜坂町(現在の新温泉町の一部)で生まれた。
戦中戦後の困難な時代を経験し、働きながら子どもを育てた。家族によると、若い頃から体を使う仕事に従事し、長年にわたり働き続けたという。
60歳を過ぎて京都府に移り、学校給食センターの調理員として80代半ばまで勤務した。この間、長年にわたり徒歩で通勤し続けた。信仰心が篤く、毎日3時間の読経を自身の習慣として守り続けた。
99歳の時に大腿骨を骨折し、その後老人ホームに入所した。103歳の時には、体調を崩したが回復した。112歳の時には、自力で食事をとり、甘いコーヒーや菓子を楽しんでいたという[1]。
2024年9月に京都府の最高齢者と発表された。
2025年 (令和7年) 7月29日に廣安美代子の死去により、日本で2番目の長寿者となった[2]。