崔述の方法は、経書(四書五経などの経典)を主として、伝注(今まで伝えられた経書の注釈)で経書に矛盾するものは排除する、というものだった。「易は伏羲までしかさかのぼらず、春秋は黄帝までしかさかのぼらない。後世が古人よりも多く知ることはないはずだ。よって緯書に書かれている十紀や『史記』に書かれた“天皇・地皇・人皇”は妄説であると断ずる。当時としては実証的というべき崔述の卓見は、日本の那珂通世によって再評価され、那珂による『崔東壁先生遺書』(1906年、目黒書店)の刊行は、胡適や顧頡剛らのように疑古派に属する学者の注意を引くことになる。