嶽温泉
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嶽温泉中心部の看板 | |
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| 温泉情報 | |
| 所在地 | 青森県弘前市 |
| 座標 | 北緯40度37分51秒 東経140度16分05秒 / 北緯40.63075度 東経140.26803度座標: 北緯40度37分51秒 東経140度16分05秒 / 北緯40.63075度 東経140.26803度 |
| 交通 |
JR弘前駅より弘南バス枯木平行で約50分、「嶽温泉」下車 東北自動車道大鰐弘前ICから約30分 |
| 泉質 | 含土類酸性硫化水素泉 |
| 宿泊施設数 | 8[1] |
| 外部リンク | 嶽温泉旅館組合 |
効能
温泉街
岩木山の麓に位置する、昔ながらの湯治場の風情を色濃く残す温泉街には、旅館、お土産店が立ち並ぶ。日帰り入浴はいずれの旅館でも受け付けている。泉質は宿ごとに多少違いが見受けられる。築年数の古い伝統的な旅館もある。
温泉街の土産店および道路沿いの青空販売店では、とうもろこし「嶽きみ」が名物として販売されている[4]。また嶽簡易郵便局がある。
温泉街周辺には、岩木山スキー場、パラグライダー練習場、運動公園、岩木山登山路などがあり、通年でスポーツやレジャーを楽しめる。
かつて共同浴場が温泉街の中心、写真の看板の左側に存在した。現在は共同浴場は取り壊されて公衆トイレになっている。
隣の百沢地区(百沢温泉)には、古刹の津軽一ノ宮岩木山神社がある。
2022年後半、源泉の温度と湯量が低下(前述)して、多くの宿泊施設が休業に追い込まれた[5]。
歴史
1675年(延宝3年)4月の藩日記にはすでに湯小屋に関する記載があった[6]。1680年(延宝8年)、津軽藩4代藩主の津軽信政により開湯が命じられ、藩の保護下で湯小屋が設けられた[6]。
この頃は、6〜7月頃など入湯禁止の期間が設けられていた[7]。
1796年(寛政8年)に温泉街は約1 km麓(現在地)へ移転となり、温泉は樋で引湯する形となった[6]。寛政年間には17軒の家があり、湯治宿と農林業を兼業していたとされる[6]。
温泉街は長らく客舎と共同浴場の形式であったが、ボーリングにより1958年に高温の源泉が見つかり、以降は全ての宿が内湯を持つようになった[6]。欄干、手すりのついた古い客舎が多く残っていた頃は春彼岸から秋彼岸にかけてイワツバメが多く飛来していたが、建物の近代化が進むと数を減らしていった[6]。
1982年時点では、嶽温泉旅館組合は12軒(湯の沢館、岩木旅館、小島旅館、赤格子旅館、静遊館、嶽ホテル、嶽観光ホテル、西沢旅館、田沢旅館、常盤旅館、向陽館、山楽荘)の施設で構成されていた[8]。
