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川崎ヒロユキ

日本の脚本家、小説家 (1965-2026) From Wikipedia, the free encyclopedia

川崎 ヒロユキ(本名:川崎 裕之〈かわさき ひろゆき〉、1965年11月17日 - 2026年1月23日[1])は、日本の脚本家、小説家。神奈川県横須賀市出身。ぶらざあのっぽを経て、川崎ヒロユキ脚本研究所主宰。主にアニメの脚本を手掛けた。

本名 川崎 裕之
生年月日 (1965-11-17) 1965年11月17日
没年月日 (2026-01-23) 2026年1月23日(60歳没)
概要 川崎(かわさき) ヒロユキ, 本名 ...
川崎(かわさき) ヒロユキ
本名 川崎 裕之
生年月日 (1965-11-17) 1965年11月17日
没年月日 (2026-01-23) 2026年1月23日(60歳没)
出身地 日本の旗 日本・神奈川県横須賀市
職業 脚本家・小説家
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来歴

中学の頃に映像業界への道を志し、独学で脚本を学ぶ。神奈川県立横須賀大津高等学校卒業後[2]、東京映像芸術学院特殊技術科へ進学[3]、押川國秋と実写脚本の小山高男(現:小山高生)に師事しアニメ脚本の技術を学ぶ。

在学中に1988年『魔神英雄伝ワタル』第25話「ミニミニワタルの大冒険」で脚本家としてデビューし、以後アニメを中心に多数の作品の脚本やシリーズ構成を手がける。1996年『機動新世紀ガンダムX』では全話の脚本を一人で執筆した。またアニメ作品のノベライズも手がけ、初のオリジナル作品『はっぴぃセブン』シリーズはドラマCDやアニメ、漫画化もされた。デビュー当初から、サンライズ制作の作品やタカラトミーとその前身企業がスポンサードする作品に参加する機会が比較的多い。

また脚本家としての活動のみならず、1995年には後進の育成のため川崎ヒロユキ脚本研究所を設立。高山カツヒコなどといった面々が研究員として所属している。『黄金勇者ゴルドラン』などのように、設立後の一時期はこの名義でクレジットされることもあった。

ゲームクリエイターの時田貴司は高校時代の同級生であり、NHK杯全国高校放送コンテストにおいて時田主演作品を監督、発表している。

2026年1月23日、死去。60歳没。訃報は同年5月28日に、川崎が師事しぶらざあのっぽでつながりのあった小山高生がX(旧Twitter)で公表した[1][4]。

参加作品

アニメーション

1986年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年

特撮

1991年
1993年
2000年
  • ヴィジュアル・バンディッツ
2001年
2006年
2008年
2023年
  • 魔法少女マイティ☆さちこ

小説

ゲーム

1998年
2000年
2001年
2002年
2005年

脚注

関連項目

外部リンク

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