巨勢神前訳語 From Wikipedia, the free encyclopedia 巨勢神前 訳語(こせのかむさき の おさ、生没年不詳)は、飛鳥時代の豪族。姓は臣。 巨勢神前氏(巨勢神前臣)は巨勢氏の支流で近江国神前郡に居住した一族。なお、神前郡はこの後の天智天皇4年(665年)2月に、 復(また)百済の百姓(たみ)男(をのこ)女(めのこ)四百余人(よほたりあまり)を以て、近江国(あふみのくに)の神前郡(かむさきのこほり)に居(お)く。[1] ともあるところで、百済遺臣の鬼室集斯らが亡命したところである。 「是の月(3月)に、神前郡の百済人(くだらびと)に田(た)を給(たま)ふ。[1] ともある。 経歴 天智天皇2年(663年)3月に訳語は新羅討伐の部隊として半島に渡り、前将軍・上毛野稚子、後将軍・阿倍引田比羅夫と共に中将軍を務め、2万7千人の軍団を率いたという[2]。同年8月の白村江の戦いでの活動や[3]、生きて帰国したかどうかは明らかでない[4]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 『日本書紀』天智天皇4年2月条 ↑ 『日本書紀』天智天皇2年3月条 ↑ 『日本書紀』天智天皇2年8月27日条、28日条 ↑ 『日本書紀』天智天皇2年9月7日条,11日条,13日条,24日条,25日条 参考文献 『日本書紀』(五)、岩波文庫、1994年 - 1995年 『日本書紀』全現代語訳(下)、講談社学術文庫、宇治谷孟:訳、1988年 『日本の歴史2 古代国家の成立』、直木孝次郎:著、中央公論社、1965年 『日本古代氏族事典』【新装版】佐伯有清:編、雄山閣、2015年 関連項目 間人大蓋- 白村江の戦いで生き延びた将軍の一人。 河辺百枝- 白村江の戦いで生き延びた将軍の一人。 三輪根麻呂- 白村江の戦いの将軍の一人。訳語と同じく中将軍の一人。 安曇比羅夫- 白村江の戦いで戦没した将軍の一人。 朴市秦田来津- 白村江の戦いで戦没した将軍の一人。 狭井檳榔- 白村江の戦いの将軍の一人。 廬原臣- 白村江の戦いの将軍の一人。 鬼室福信 周留城 劉仁軌 文武王 金庾信 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles