巴橋 (三次市)
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歴史
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| 広島県立文書館所有の戦前の絵葉書。木橋時代の巴橋。 | |
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三次は古来から交通の要衝であり、山陽・山陰諸国を結ぶ街道の分岐点として、多くの人々や物資が行き交った[2]。江戸時代以降、福島氏(福島正則)、のち備後三次藩初代藩主浅野長治が入封すると浅野氏による統治が始まった。ただ防衛上の理由などから川への架橋は認められず、この地には岩神の渡しという渡船があるのみだった[2]。
この地に橋が架けられたのは江戸時代末期のことで「岩神橋」という名が付けられた[2]。当時”コンニャク橋”という呼び名であったと記録があるため、仮設の橋であったと推測されている[2]。明治時代になってから巴橋の名が生まれ、1888年(明治21年)木橋に架替、1938年(昭和13年)コンクリート橋に架替、1983年(昭和58年)現在のアーチ橋に架け替えられた[2]。


