市川十億衛門
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22歳頃に役者を志し上京[1]。演劇活動をする中で、杉浦理史(ピエール杉浦)やますもとたくやらと出会う[1]。
30歳を目前にした頃、杉浦とますもとに「どんなことでもいいので、お仕事のお手伝いをさせてください」と頼み込む[1]。演劇の脚本を書いた経験の無い市川であったが、コントユニットを立ち上げた際にコントの脚本を書いたことがあり、杉浦とますもとから「面白かったよ」と評価されたことを機に二人の元へ頼み込むに至った[1]。
当時杉浦が参加していた『シャキーン!』のネタ出しから活動を開始し、市川は番組台本を書く構成作家となる[1]。
ますもとから頼まれたドラマのプロット出しを機に、30分ドラマの脚本で脚本家としてのデビューを果たす[1]。デビューして数年はテレビ番組の構成作家として主に活動していた[1]。
同じくピタ所属の脚本家である 永野たかひろから誘われたことがきっかけで、アニメの脚本に携わるようになる[1]。市川はこのことに関して、「あの時、永野さんのお誘いがなければ、今の僕は無かったと思っています」と語っている[1]。