帝権移譲論

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帝権移譲論もしくはトランスラティオ・インペリイラテン語: Translatio imperii)は、中世ヨーロッパ以降の史学史における、歴史の流れを「皇帝」もしくは「帝国」の変遷を通して国際覇権の推移を捉えようとする概念。似たものに「学問移転論」(translatio studii)があるが、どちらもヘブライ語聖書ダニエル書第二章に端を発するものである[1]

中世の歴史家たちは、超越した神の手で帝位移譲が行われると説いているが、その結論は以下の例のように作者自身の住む国におもねった恣意的なものであることが多い。

近代に至るまで、加筆修正された帝権移譲論がたびたび論じられた。

中世やルネサンス期の作家は、しばしば主体を国家ではなく王家一族においた。これはトロイア戦争の英雄アイネイアースローマを建設したとするヴェルギリウスの『アエネーイス』から受け継がれた図式である。またローマ建国神話自体が直接各国の伝説に結び付けられた例もある。12世紀のジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』やウァースの『ブリュ物語』などは、ブリテンの創設者をアイネイアースの子孫ブルータスであるとしている。[3]

これと同様に、フランスのルネサンス期の作家ジャン・ルメール・ド・ベルジュは、ケルト時代のガリア創始をトロイア王子ヘクトールの子「フランクス(アステュアナクス)」に結びつけ、ケルト時代のゲルマニアをプリアモスの従弟「バーフ」であるとした。その上でルメールは、ピピン3世カール大帝がフランクスに繋がるとする有名な系譜を作り上げた。

批判

関連項目

脚注

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