常吉 (大阪市)
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此花区の西部に位置し、東に酉島と接しているほかは海に面している。
歴史
天保5年(1834年)、常吉庄左衛門によって新田開発が行われ、「常吉新田」と呼ばれるようになったのが「常吉」という地名の起源である[5]。ただし後述の通り、江戸時代の常吉新田は現在の酉島に含まれる地域にあり(酉島五丁目に常吉の墓がある)、現在の行政地名「常吉」の範囲とは一致しない。現在の「常吉」は江戸時代の常吉新田の沖(西方)に当たる。
常吉新田村は、1889年(明治22年)4月1日の町村制施行に伴い西成郡川北村に編成される。1897年(明治30年)4月1日に大阪市に編入され、西区の一部となった(大阪市第1次市域拡張)。1925年(大正14年)4月1日、区の境界変更により、新設の此花区の一部となる。
旧常吉新田村の範囲は大阪市編入後「川北大字常吉」から「常吉町」となる。1960年、常吉町は酉島町(現在の酉島・伝法の一部)の一部として編入されており、いったんは地名として消滅する。1968年、埋め立て地に「常吉町」の町名が付けられ、1975年の住居表示実施により現行行政地名「常吉」が成立した(大阪市の地名参照)。
