春日出中

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春日出中
大阪市立春日出小学校
大阪市立春日出小学校
春日出中の位置(大阪市内)
春日出中
春日出中
春日出中の位置
春日出中の位置(大阪府内)
春日出中
春日出中
春日出中 (大阪府)
北緯34度40分47.73秒 東経135度27分3.52秒 / 北緯34.6799250度 東経135.4509778度 / 34.6799250; 135.4509778
日本の旗 日本
都道府県 大阪府
市町村 大阪市
此花区
面積
  合計 0.327694308 km2
人口
2019年(平成31年)3月31日現在)[2]
  合計 3,528人
  密度 11,000人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
554-0022[3]
市外局番 06(大阪MA[4]
ナンバープレート なにわ
春日出中の位置
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春日出中(かすがでなか)は、大阪府大阪市此花区にある町名。現行行政地名は春日出中一丁目から春日出中三丁目。

此花区の東部に位置し、東に梅香、西に島屋、南に春日出南、北に春日出北と接している。

歴史

この一帯は江戸時代に雑賀屋七兵衛によって開発され、春日出新田と呼ばれた地域である[5]。「春日出」の地名は、雑賀屋七兵衛が春日大神を信仰していたことに因むものである[5]。現行行政地名の「春日出中」は、1975年(昭和50年)の住居表示実施とともに設置された(大阪市の地名参照)。

春日出新田

この一帯は、古くは四貫島浦と呼ばれる葦原であったが[6]、江戸時代の元禄11年(1698年)、大坂の雑賀屋七兵衛によって、5年がかりで開拓された[6]。元禄15年(1702年)に春日出新田と名づけられた[6]

伝承によれば、新田開発当初に1頭の鹿が躍り出て人々に殺される出来事があり、これを嘆いた七兵衛がその亡骸を手厚く葬り[5]、春日明神を祀った[6]。春日大神の使いとされる鹿が出たことから「春日出」と称したという[5]。なお、この春日神社は明治時代に朝日神明社に合祀され、朝日神明社は変遷を経て当地(一丁目)に鎮座する。

春日出新田は何度かの拡張が行われたが、「桜堤」を築いて浸水を防いだ[7]。桜堤はその後耕作地になったが、清海安五郎によって津波などに備えて再度築堤された[7]。明治19年に建立された「桜堤」の記念碑が三丁目にある[7]

世帯数と人口

2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目世帯数人口
春日出中一丁目 1,030世帯 1,929人
春日出中二丁目 811世帯 1,585人
春日出中三丁目 11世帯 14人
1,852世帯 3,528人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

1995年(平成7年) 5,027人[8]
2000年(平成12年) 4,634人[9]
2005年(平成17年) 4,291人[10]
2010年(平成22年) 3,904人[11]
2015年(平成27年) 3,443人[12]

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

1995年(平成7年) 1,976世帯[8]
2000年(平成12年) 1,857世帯[9]
2005年(平成17年) 1,832世帯[10]
2010年(平成22年) 1,708世帯[11]
2015年(平成27年) 1,564世帯[12]

事業所

2016年(平成28年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[13]

丁目事業所数従業員数
春日出中一丁目 64事業所 575人
春日出中二丁目 82事業所 489人
春日出中三丁目 30事業所 2,163人
176事業所 3,227人

交通

施設

その他

脚注

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