常康親王 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代初期 - 前期生誕 不詳薨去 貞観11年5月14日(869年6月27日)別名 雲林院宮常康親王時代 平安時代初期 - 前期生誕 不詳薨去 貞観11年5月14日(869年6月27日)別名 雲林院宮官位 無品父母 父:仁明天皇、母:紀種子兄弟 文徳天皇、宗康親王、光孝天皇、人康親王、源多、本康親王、源冷、国康親王、常康親王、貞登、成康親王、源光、源覚、源効、他テンプレートを表示 常康親王(つねやすしんのう)は、仁明天皇の第七皇子。母は紀種子。品位は無品。雲林院宮と号した。 承和7年(840年)には無品親王ながら、志摩国答志島を与えられた[1]。嘉祥3年(850年)に父・仁明天皇が崩御すると、翌嘉祥4年(851年)に出家し[2]雲林院に隠棲して詩作に励んだ。貞観11年(869年)2月に雲林院を遍昭に譲って天台宗の修行場とし、亡き父帝への謝恩の姿勢を示そうとした[3]。 人物 幼少時より奥深く静かで感覚が鋭く、よく風情を察した。仁明天皇の諸皇子の中で特に天皇から鍾愛を受けた。父・仁明天皇の崩御後、追慕して悲しみむせび続け、ついに仏教に帰依して仏の救いを求めたという[2]。 著作に『洞中小集』がある他、『古今和歌集』に1首採録されている[4]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『続日本後紀』承和7年11月16日条 1 2 『日本文徳天皇実録』嘉祥4年2月23日条 ↑ 『日本三代実録』元慶8年9月10日条 ↑ 『勅撰作者部類』 Related Articles