平吉野谷
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主な字
河川
- 吉野谷調整池
- 南作新溜池
歴史
- 1879年1月27日 - 平藩領吉野谷村が福島県内における郡区町村制の施行により磐前郡の村となる[4]。
- 1889年4月1日 - 町村制の施行により吉野谷村が北白土村、南白土村、谷川瀬村、上荒川村、下荒川村、中山村、上高久村、小泉村と合併し、磐前郡飯野村が発足する。旧吉野谷村域は飯野村の大字となる[4]。
- 1896年4月1日 - 磐前郡と周辺郡との合併により石城郡が発足し、石城郡飯野村となる[4]。
- 1950年4月1日 - 飯野村が平市と合併し、平市の大字となる[4]。
- 1966年10月1日 - 平市が磐城市・常磐市・内郷市・勿来市、石城郡小川町・遠野町・四倉町・川前村・田人村・好間村・三和村、双葉郡久之浜町・大久村と合併しいわき市となり、いわき市平地区の大字となる[4]。
- 1973年~ - 西部の丘陵地の一部が宅地造成に伴い郷ケ丘として分離される[4]
- 1982年3月 - 南部の丘陵地の一部が宅地造成に伴い中央台飯野として分離される[5]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 字南作 | いわき市立中央台北小学校 | いわき市立中央台北中学校 |
| 上記を除く | いわき市立郷ケ丘小学校 |
交通
道路
- 一級市道荒神作勝負作線(飛地北側をかすめる)
バス
- 新常磐交通路線バス
- (いわき駅方面) - 医療創生大 - (ラパークいわき・光洋高校方面)
- いわき駅~医療創生大~ラパーク
- いわき駅~医療創生大~光洋高