平貞文
?-923, 平安時代前期の貴族、歌人。平好風の次男。官位は従五位上・左兵衛佐。勅撰集『古今和歌集』以下に26首入集。
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経歴
人物
紀貫之・壬生忠岑・凡河内躬恒といった『古今和歌集』の撰者らと交流があった。延喜5年(905年)および翌6年の『貞文家歌合』といった歌合を少なくとも3回主宰したことが知られている。会には紀貫之・壬生忠岑・在原元方・凡河内躬恒ら当代一流の家人が参加した。家集は伝わっていないが、鎌倉時代後期に編纂された『夫木和歌抄』に拠れば、その当時は自筆の『貞文家集』が存在した、と推測されている。『古今和歌集』(9首)以下の勅撰和歌集に26首が入集している[2]。歌物語『平中物語』は平中を主人公としたものである。
色好みとしても有名で、後世に「在中・平中」として在原業平と並び称された。後に芥川龍之介は『好色』でこの平中を描いているほか、谷崎潤一郎も『少将滋幹の母』の中で重要な登場人物として平中を描いている。