庄司七瀬

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 1989年????
居住地 山形県山形市
庄司 七瀬
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1989年????
生誕地 山形県山形市
居住地 山形県山形市
身長 153cm
種目 新体操
得意種目 ロープ
実績 高校総体3連覇
学歴 東京女子体育大学
コーチ 石田美恵(山形RG)
引退 2012年
獲得メダル
日本の旗 日本
新体操
全国中学校新体操選手権大会
2004女子個人総合
全国高等学校総合体育大会
2005女子個人総合
2006女子個人総合
2007女子個人総合
全日本学生新体操選手権大会
2008女子個人総合
2009女子個人総合
テンプレートを表示

庄司 七瀬(しょうじ ななせ、1989年 - )は、日本の元新体操選手。山形県山形市出身で、現在は山形市役所に勤務する公務員である[1]

ピボットを得意とし[2]、スピードと力強さが持ち味の選手である[3]身長は153cmと小柄である[4]2005年から2007年全国高等学校総合体育大会新体操女子総合の部において3連覇を果たした[1]

山形RG、山形県立山形北高等学校東京女子体育大学出身[1]。5歳より山形RGで石田美恵代表の下で新体操を始めた[5]山形市立第三中学校に在籍していた2004年全国中学校新体操選手権大会で女子個人2位に入る[6][7]

2005年8月12日千葉インターハイで初優勝[8]。11月7日に行われた全日本新体操選手権大会では4位に入り、GYMmediaは「今年からシニアになったばかりであり、ジュニア選手にとっても良いきっかけとなるに違いない」と報じた[9]。2006年5月19日に開幕した全日本新体操ユースチャンピオンシップでは得意のピボットを披露するも2位となり、「納得のいく演技ができなかった」と語った[2]8月7日大阪インターハイで2位に大差を付けて優勝、松永里絵子以来9年ぶりとなる連覇を果たした[3]。特に女子最終演技となったボールでは、出場者48人の中で唯一の14点台をマークし、会場をどよめかせた[3]。7月9日のアジア大会代表決定戦から1か月弱という短期間に演技を再構成してつかんだ連覇であった[3]

2007年3月26日の全国高校新体操選抜大会で優勝を飾るも、5月6日の日本代表決定競技会ではクラブ、リボンでミスが出て13位に終わった[5][10]。その後復調し、5月18日からの全日本新体操ユースチャンピオンシップでは4位入賞、6月1日の高校総体山形県大会において大会初の3連覇を達成し[5]8月4日には佐賀インターハイにおいて女子個人総合優勝を決め、麓久美子以来31年ぶりとなる史上2人目の3連覇を成し遂げた[11]。この時、庄司は結果よりも内容にこだわって試合に臨み[4]、「3連覇はたまたまです。今日は最後の総体なので、ノーミスで演技をしたかった。」と語った[11]。その後、2009年三重県伊勢市で開かれる世界新体操選手権への出場意欲を示し、オリンピック選手を多数輩出してきた東京女子体育大学への進学を決めた[12]

2008年3月16日秋田県立武道館で開かれた秋田新体操クラブ発表会に特別出演し、ロープとフープの演技を披露した[13]。9月、インカレにて2位に入賞する[14]。2009年5月6日、世界新体操選手権第2次選考会で4位に入り、台湾で行われるワールドゲームズ代表に決まった[15]。8月に栃木県小山市市制施行55周年記念として開催されたインカレでは、女子個人総合で日高舞に次ぐ2位、個人種目別リボンでは優勝した[16][17][18]9月2日日本体操協会カザフスタンで開かれるアジア新体操選手権大会代表に庄司ら4人を選んだ[19]。同大会でロープ 5位、リボン 7位に入賞した[20]2010年は庄司にとって厳しい年となり、試合中、例年にないような大きなミスが目立った[21]

東京女子体育大学新体操競技部では毎年山形で合宿を行っているが、2011年は東日本大震災の影響で中止されそうであったが、山形県体操協会の申し入れで実施させることになった[22]。庄司も参加し、「東北からたくさんの人が見に来てくれると聞いているので、被災者に元気が伝わるような演技をしたい」とコメントした[22]

2011年 9月、山形市職員の特別選考枠で採用が決定した[1]。2012年4月2日辞令交付式では、毎日新聞の取材に対し、「これまでは山形市に支えられる立場だった。恩返しをしたい」と答えた[23]

主な成績

国際大会

日本国内大会

主な受賞歴

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI