庄川峡長崎温泉
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1971年の長崎大橋開通時、当時全戸離村し無人となっていた北原・長崎地区であるが[2]、1973年、庄川観光がこの地に大牧温泉から引湯した温泉を有するホテル(計3棟、300人収容)を誘致し、さらに温泉付き別荘分譲地を造成するなどし、さらに利賀村(当時)に対しスキー場の建設やユースホステスまたは国民宿舎の誘致、道路と橋梁の整備、診療所と駐在所の設置などを要望し、新大牧温泉と称する一大温泉村を開発する計画を発表した(スキー場は後に建設困難の為頓挫)[3]。
その後、計画はトナミ商事に引き継がれ[2]、難工事の末、1975年に北原荘の上手まで7kmの引湯に成功し[4]、1977年5月22日には引湯式が執り行われた[5]。しかし引湯に巨額をかけたためホテル建設は中止となり、分譲地も売れず、利賀村当局でも民宿経営者を探し回る事になった[6]。
当初は『長崎温泉』という名称であったが、民宿『ながさき家』に有利になることを考慮し、『新大牧温泉』と呼ぶようになった[7]。
2004年秋の平成16年台風第23号により、大牧温泉からのポンプ設備などが壊れ、以降温泉が使えないままの営業を余儀無くされた[8]。このため5軒の旅館、民宿が出資し[8]、2005年末から北原荘の前で温泉の掘削工事を行い[9]、2006年8月10日のポンプの試運転を以て新たな源泉の使用が開始された。これ以降、温泉名も『庄川峡長崎温泉』と名乗るようになった[8]。