延命院 (荒川区)
東京都荒川区にある寺院
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歴史
文化財
延命院事件
延命院では江戸時代の享和年間に「延命院事件」と呼ばれる江戸中を騒がせる大事件が起こった[2][3][4][5][6][7][8]。
この事件は延命院住職であった日潤の女犯事件であり、相手に大奥の女中が含まれていたため、大奥を巻き込んだスキャンダルとなり、江戸を揺るがせることとなった。日潤は初代尾上菊五郎の子供であったと書かれている本もあり、大変男前であり、話も上手だったと言われている。そのため、女性の信者に大変人気があり、大勢の女性信者が延命院に参詣するようになった。
こうした情報を得た寺社奉行脇坂安董は、取締りを決意するが、大奥も関係していることから安易に動くわけにはいかず、家臣の娘を密偵として延命院に送り込み確かな証拠をつかんでから摘発をした。享和3年(1803年)7月29日に日潤は斬罪となり、関係のあった婦女子などもそれぞれ処罰された[2][6][7]。
延命院事件は『観延政命談』として脚色されて小説化されたのち、河竹黙阿弥によって歌舞伎として『日月星享和政談』と題し、明治11年(1878年)東京・新富座で5代目尾上菊五郎の主演で初演された。日潤は歌舞伎では日当となっているため通称「延命院日当」と呼ばれる[8]。
延命院事件に先立つ寛政8年(1796年)8月には吉原遊郭の周囲に検問所を設け、朝帰りの僧侶69人(17歳から60歳)を一斉逮捕し、三日晒の上に寺持ちは遠島、所化は寺から追放という厳しい処分となった[4][5]。
